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法律業務と対話                  弁護士大澤恒夫

1「法律業務」のイメージ  

 法律業務というものの一般的なイメージは、アプリオリに決定されている「法律」的な判断基準があって、それに当該事案の事実を当てはめて法的な判断を下し、その判断に基づく措置を相手の意向を押し切って講じる、というものでしょう。法律家は、(無意識に、あるいは意識的に)、「法律」というブラックボックスの武器で相手をやっつけ、依頼者を保護してやるという気分であり、当事者(依頼者)を「主役」としてではなく、事件を処理する「対象」だと思ったりします。このイメージの中では、当事者からの「事情聴取」とか相手方に対する「警告」や「通告」はあっても、「対話」は存在せず、その向こうは「勝ち敗け」の世界になります。このようなイメージで「法律業務」が進展してしまう場合、肝心の依頼者本人が思ってもみなかった方向に事態が進展したり、不本意な結末がもたらされたりする危険があります。対話はこの対極にあります。

2 自律的な社会と「対話」 

 社会関係の在り方としてもっとも好ましいのは、他者は自分とは異なる個人として尊重すべき存在であるということが広く了解され(個人の尊重はいうまでもなく憲法上の要請です。)、人々がそれを前提に他者とのかかわりを自由に選択し、みずからの意思により他者と合意を形成して、自律的に生活を営むというものだと思います(私的自治との関連性がここにあります)。そこにおいては、「対話による合意形成」が、自律的な生活の核になります。他者に対する一方的な断定や強行は原則であるべきではなく、それは自律的な解決ができない場合に司法権という国家権力の介入によってのみ、許されるものです。なお、司法権の行使は法の支配のコアを保障するもので、その重要性は言うまでもありませんし、後述の法システム全体における「対話」の位置付けもそれを前提としています。また、司法過程の運用においても対話がとても重要です。

3 対話のプラットフォームとしての法  

 自律的な社会においては「法律」は本来、当事者が互いに対話をするための共通の「プラットフォーム」であり、対話を通じて具体的な法の姿がその当事者の間に現れてきます。そのような対話をサポートする法的なサービス(これには予防・戦略法務活動や裁判外の紛争解決活動が含まれます。)への需要は広大な裾野を持っています。法律やその解釈、先例などは一般的に妥当と思われている社会関係や資源配分に関する、ある一定の準則を示しています。それは抽象的なものですし、他者とのかかわりに関する準則である以上、他者側から見た利害や構図に対して示されるべき理解も示唆されています。当事者は対話を通じて相手方の認識等を含め、みずからの置かれている客観的状況を知り、法的な準則の意味するところに関する適切なアナリスト(=法律家)の分析・解説・助言を参考にして、当該の具体的な状況のもとで相手方との係わり方をどのように形成したいかを考え、対話を通じて相手とすり合わせをします。法律家は紛争の予防や解決の経験を踏まえ、できるだけ客観性に心を配りながら事案を分析し、当事者が採りうる選択肢とそのメリット・デメリットやリスク評価を示し、助言をすることができましょう。法律家は当事者間の円滑な対話が実現できるようなお膳立てや司会をすることも、期待されます。

4 対話の主役としての当事者と援助者としての法律家  

 対話による自律的な生活における主役は、あくまでも当事者です。法律家はそのフェイズにおいては、あくまでも援助者に過ぎません。紛争は、その当事者みずからが主役となってその紛争と向き合い、みずからの意思で克服の道筋を見出さなければ、真の解決は得られないものです。また人間は、紛争に巻き込まれた場合にも、その解決をつかみ取る自律的なパワーを持っています。その能力が発揮できるよう当事者に寄り添い励ますのが、法律家のこのフェイズでの役どころです。当事者は紛争処理の対象ではなく、「主役」です。当たり前のことなのですが、この見方の転換は、実際はなかなか容易ではありません。

5 対話のプロセスと法律家のサポート  

 「対話」はお互いを一個の人間として尊重し、相手の言い分に耳を傾け、それを受け止め咀嚼した上で、自分の思いを相手に投げ返す、キャッチボールのようなやり取りの繰り返しのプロセスで成り立ちます。このプロセスを通じて相互に気持ちを伝え合い、すり合わせ、自身の置かれている状況を知り、人は相手との関係の方向を見定めてゆきます。法律家が当事者と対応する場合にも対話が必要なのは当然ですが、さらに紛争解決のステージで当事者間に対話が生れ、互いに意思の疎通が行われ合意が形成されるようサポートすることが法律家の重要な仕事となります。対話は生身の人間が行うものですから、「ちょっとしたこと」が非常に大きな影響を及ぼす、とてもセンシティブなプロセスです。対話のサポートを通じて人々の役に立つには、対話のプロセスを理解し、対話促進の理念と技法を客観化・意識化して、その修得をすることが必要です(これらの研究のためには、法哲学、法社会学、紛争解決学、交渉学、社会哲学、臨床哲学、臨床心理学などの研究が必要です。)。そして人に対して優しく、辛抱強く(もっとも、対話による紛争解決は実はとても迅速な解決に繋がるものです。)、逃げずに、明朗公正に向き合う精神力の修養も必須でしょう。また対話のサポートでは公正な手続が重要であり、法律家は公正な手続の設定と運営を行いつつ、対話プロセスにおいて法を媒介することを通じて、対話の成果が法システム全体の中で適切に位置付けられ、法と対話の相互間で波及と汲み取りが行われるように心を配ることができます。

6 社会のインフラとしての対話  

 いま「対話」の問題が社会のあらゆる場面で議論されるようになってきました。学級運営の問題、住民主体の街づくり、患者と医師のコミュニケーション、職場の紛議解決、同席調停、対話型審理、ADR、加害者被害者対話(修復的司法)などなど多方面にわたっています(米国では非行の危険のある少年と親との親子調停も行われているそうです)。対話技法の確立や教育も具体的に前進を始めており、その展開に大きな期待が寄せられます。ひるがえって考えて見ますと、「対話」は成熟した社会全体を支えるインフラであり、社会の最小単位である家庭から、親戚、学校、地域、職場、ビジネス、自治体、国家の運営に至るまで、対話をベースにした運営が適切になされることが、真に個人の尊重と自律的な社会を実現してゆくための必須の条件ではないかと思います。

・・・と種々申し上げましたが、私自身日ごろ、合意形成を中心とした法律業務(予防法務、裁判外紛争解決、企業の再建、M&Aなど)を行っているものの、対話の実現や促進がなかなか上手くできず、忸怩たる思いをしており、本稿は全て私自身への自戒の念を込めたものであります。                                                        

                                                                           (おわり)

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