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テクノ企業法務日誌49             弁護士大澤恒夫

どこまで及ぶか、コンテンツ事業での灰色の知財や下請け保護

 

ギャロップレーサー事件最高裁判決―物のパブリシティ権否定

 このあいだ新聞を見ていましたら、「競走馬のパブリシティ権、認められず。馬名無断使用訴訟に最高裁判決」というような見出しで大きな記事が出ていました。その事件では、あるゲームソフトメーカーが「ギャロップレーサー」という競走馬のレースゲームを製作・販売したということですが、そのゲームは、プレイヤーが騎手になって、登録されている競走馬の中から好きな馬を選んで、それに乗って実際の競馬場のような画面のなかでレースをするという内容のものだそうです。それで、そのゲームソフトに登録されている競走馬は1000頭ほどもあったそうで、ほとんどが実在の競走馬の名前を使っていたのですが、馬の所有者には無断だったということです。それでその中でトウカイテイオーといった著名な名馬の所有者のみなさんが原告団となって、名馬の名前を勝手に使っては困るということで、ソフトメーカーにソフトの製作、販売、貸与等の禁止や損害賠償を請求したということです。

 で、最高裁(平成16213日第二小法廷判決)は、馬の名前は法律上の権利の対象になっていないので、別に所有者に断らなくてもゲームに使って構わない、と判断したそうです。それで、そのゲームメーカーは、今回の最高裁判決が自由な経済活動や取引秩序にとって非常に意義深いものだ、とコメントしたそうです。

 

デジタルなビジネス世界の心配事

 申し遅れましたが、当社はソフト開発やデジタルコンテンツの製作などを主な目的として事業を始めましたベンチャーなのですが、私はその財務・総務を担当しています。当社はまだ自社でプロジェクトを主導するところまではなかなか行っていないのですが、大手ソフト開発業者の外注委託先としていろいろな開発案件にかかわっています。

当社はデジタルな世界で激しい競争の中を生きていますので、知的財産がらみの問題や、いろいろ親事業者のほうからの強いプレッシャーもあったりして、辛い経営をしているのが実情です。とくに最近受注した案件でいろいろ法律問題がありそうなものですから、ちょっと心配しています。で、先ほどのような新聞報道も注意してみているのですが、当社の案件のからみでもっと具体的に検討しなくてはならない問題があり、先日、知人からLさんという弁護士を紹介してもらいました。きょうは、Lさんの事務所で始めて相談に乗ってもらうことになった次第です。

 

パブリシティ権とは

「Lさん、よろしくお願いします。さっそくですけど、先日のギャロップレーサー最高裁判決によると、物のパブリシティ権は認められないということですが、パブリシティ権っていうのは、何の法律で決められているんですか。どこ見ても出ていないんですが・・・」

「パブリシティ権というのは法律がある訳ではありませんで、これまで裁判所や学者が芸能人とかプロスポーツ選手などの著名人について、一種の人格的な権利として認めてきたものです。」

「人格的な権利?」

「根源をたどると、憲法13条の個人の尊重とか幸福追求権といったところに議論がいきます。まあ、それはともかくとして、そういう芸能人などの名前とか写真とかはそれ自体がお客さんを呼ぶ力、顧客吸引力などといいますが、そういう広告宣伝価値があると考えられていて、これを無断で使ったりしますと、使用の差止めとか損害賠償だとかの法律的な保護が与えられるべきだと考えられています。パブリシティというのは広く知らせる広報というような意味で、著名人の名前や肖像の広告的価値をコントロールする権利ということで、パブリシティ権と呼ばれるようになったわけです。日本では『肖像権パブリシティ権擁護監視機構』(http://www.japrpo.or.jp/)というNPO法人がパブリシティ権などの啓蒙や擁護活動をしています。」

 

物のパブリシティ権?

「まあ、タレントさんやプロの選手の名前とかを無断で使うのはまずいですよね。でも、何かで読んだのですが、最高裁判決は馬は人じゃなくてモノにすぎなくて、モノについてはパブリシティ権はないと言ったんですよね。だから、モノの名前とかは自由に使っていいんですね。」

「あ、いや〜、なかなかそう簡単には言えないかと思いますね。」

「といいますと?」

「たしかに今回の最高裁判決は、『競走馬等の物の所有権は,その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり,その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから,第三者が,競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく,競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても,その利用行為は,競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである』といいました。」

「何だか、よく分んないです。」

「要するにモノに対する所有権というのはそのモノ自体を人に触らせずに支配できる権利だけれど、そのモノの名前までを支配することはできず、他人がその名前を使っても、そのモノの所有権を侵害したことにはならない、としたのです。つまり、所有権を理由としては、名前の使用を排除できませんよ、というのです。」

「ぎゃくにいうと、ほかの根拠があればモノの名前なんかも支配できる場合がある、っていうことですか。」

 

物の名前・形状等の保護

「そうですね。商標法,著作権法,不正競争防止法などの知的財産権関係の法令の要件に当てはまる場合や一般不法行為法の要件の認定の中で、モノの名前とか写真とか形状だとかの無断利用について、何らかの法的な措置が認められる場合はありえます。」

「なんだか、ややこしいですね。」

「そうですね。今の世の中は非常に複雑になっていて、ものごとを単純に割り切ることは難しいですね。今回の最高裁判決はあくまで本件の内容のゲームで名前を使うという限定された範囲で不法行為にならないとしただけで、別の形での不当な利用があれば、それはまた別の話だと思います。たとえばごく簡単な話、G1レース優勝の名馬の名前を侮辱するような形で利用された場合、その馬主さんの名誉心が不当に傷つけられるということはありえますよね。それは本件とは別に、不法行為による損害賠償が認められて然るべきでしょうね。」

「そりゃ、そうですね。」

「逆に、芸能人の名前や肖像でも、正当な報道の目的で新聞雑誌等に使用されるのは、パブリシティの権利の埒外になりますから、芸能人の名前だから勝手に使えないとも単純には言えないのです。」

「そうですね。」

 

物の写真が問題とされた事件

「それから、本件のゲームの事件は馬の名前が問題だったわけですが、モノの写真が問題となった事件が結構あります。たとえば、広告宣伝用のガス気球とか長尾鶏とかサロンクルーザーなどのモノが無断で写真に取られて、宣伝とか販売用の観光絵葉書だとかに利用されたという事件があって、裁判所はいずれの事件でも理屈としては、無断で写真を撮って利用することは所有権の侵害にあたるというロジックを表明しているものがあります。もっとも、事件の結論としては、他の事情もあって損害賠償を認めたり認めなかったり、区々となっていますが。」

「そうすると、最高裁の判決も、今回はゲームで名前を使ったことだけが対象になっていて、写真を使うとか、そのほかの利用形態については必ずしもはっきりしないんですね。」

「私はそのように思います。」

 

ビンテージ・カーの写真の利用は?

「じつは、いま外注として受けているある会社のホームページ製作の件で、その会社の社長さんが大のクルマ好きで、ある有名な方の所有している1930年代のフランスのグランプリカーを何かのイベントで見て、自分でデジカメで写真を撮ってきたんですね。大変な精力を注いでリストアをしたものだそうで、フレンチブルーに塗られていて、それはきれいなものです。それで、そのクルマは古きよき時代の雰囲気を色濃く持っていて、会社の宣伝にぴったりだといって、その写真を大々的に使って欲しいという注文なんです。先ほどの話からするとちょっとマズイですよね。」

「そうですね。会社の宣伝に使うというのは心配ですね。クルマの所有者の方に了解をいただくようにしたらどうですか。」

「それが、いちどお願いしたらしいのですが、断られたそうなんです。」

「そうすると、無理して使うかどうかですが、その会社にとってリスクのあることですから、その会社にも法的な状況をよく理解していただいて、最終的な判断をしてもらうべきでしょうね。必要があれば、私のほうでも説明のお手伝いはしますよ。」

 

ソフト開発の下請の悩み

「ありがとうございます。もう少し話をして、また必要が生じましたらお願いします。ところで、きょうはもう一つ、違った方面でのご相談があるんです。」

「どんなことですか。」

「当社は大手のソフト会社から外注を受けて、下請でソフト開発なんかを行うことが多いのですが、ソフト会社A社の担当の方が結構きつくて、仕事上困っていることがあるんです。」

「もう少し詳しく教えてください。」

「いろいろあるんですが、ひどいのは、数ヶ月前にある発注元のお客さんの業務管理システムの一部の開発を手伝ってくれと言われて、当社の担当する部分は開発を終わってA社には渡したのですが、返品するから代金は払えないと言うんです。」

「ソフトに何か問題でもあったのですか。」

「いえ、当社担当部分はきちんとできていまして、テストも済んでいるんですが、A社の担当していた部分がなかなかできず、いろいろお客さんとトラブッてしまって、結局、全体をキャンセルされてしまったとか言うんです。でも、当社も人を使って給料を払っているもんですから、固定費を払ってもらえないと大変なんですね。」

 

独占禁止法の優越的地位の濫用と平成1641日施行の改正下請法

「それは本当に大変ですよね。まずA社との契約上の問題として、代金の支払請求をきちんとして、もし先方に何らかの言い分があるのであればそれを聞いて、当社としての対処方針を決めなくてはなりませんね。それと、もともと事業格差があって取引上も一方が優越した立場にある企業が劣位の企業に無理難題を押し付けることは、独占禁止法の定める不公正な取引方法のなかの優越的地位の濫用という類型にあたる場合があります。ですから、今の件も場合によって独禁法という角度から検討してみることも必要でしょう。」

「なんだかLさんにそう言われて、すこし気が楽になりました。」

「それから、平成1641日施行で、新しく改正された下請法(正式には下請代金支払遅延等防止法)が適用されるようになります。下請法というのは先ほど言いました優越的地位の濫用の規制の特別規定でして、定められた類型の下請取引で親事業者がしてはならないことや、しなければならないことが具体的に定められています。」

「どんな内容なんですか。」

 

情報成果物作成委託と役務提供委託

「旧来の下請法では物品の製造委託・修理委託だけが対象になっていましたが、今回の改正で『情報成果物作成委託』と『役務提供委託』が加えられました。ソフト開発の下請は情報成果物作成委託、サポートサービスの下請などは役務提供委託になります。それで、一定の事業格差のある親事業者と下請事業者の下請取引に適用されることになります。

「事業としてどういう格差があると、適用されるんですか。」

「いろんな組み合わせが規定されていますが、当社の資本金は1000万円ということですので、それで見てみますと、親事業者のソフト会社の資本金が1000万円を超えていれば、適用対象になります。」

「A社は資本金3億とか言ってましたから、間違いなく適用されそうですね。」

 

新下請法で要請される事項

Lさんの話では、改正された下請法で決められている内容は、だいたい次のようなことだそうです。

@ 親事業者が下請発注したときは、原則として直ちに、発注内容等を記載した書面を下請事業者に交付しなければならないこと。

A 代金は納入後、60日以内のできるだけ短期間内に支払わなければならないこと。

 B 親事業者は不当に、下請からの成果物の受領を拒否したり、下請代金の支払いを遅延したり、代金を減額したり、返品したり、やり直しをさせたり、互恵取引を強制したり、などの行為をしてはならない。

 C 違反行為がある場合、公取委が親事業者に原状回復や再発防止措置を勧告し、勧告に従わない場合は公表することができる。

 D 書面交付等の違反については50万円以下の罰金が適用される。

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 当社も激しい競争の仲で経営をしています。きょうは簡単に聞いたのですが、だいぶ参考になりそうなことが分りました。今後の事業の在り方を考える上でも、知財の問題や、新しい下請法の内容を、もう少し詳しく勉強し、Lさんに相談しながら対処してゆきたいと思います。

(おわり)

 

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