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テクノ企業法務日誌48             弁護士 大澤 恒夫

企業支援のプロセスとそこに潜むリスクへの対応

[本稿は、2003年10月時点での状況に基づくものです。]

◆史上最低の就職内定率

 衆院選が終わって、さてこれからどうなるかですが、今年(2003年)101日現在の大学卒業予定者の就職内定率は約60%だそうで、これは調査が始まって以来、最低の数字とのことです。新聞などを見ていますと、一部では景気が回復してきているということですが、まだまだ先行き不透明と見ている企業が多いために、新規採用を控えている所が多いんじゃないでしょうか。でも、企業は人材が支えるものですからね。若い人の新規採用もできるだけ進めないと、あとでボディブローのように効いてくると思います。もっとも、同じ日の報道を見たら、GDPは7期連続でプラス成長で、輸出と設備投資は良くなって来ているとか。なんとか良い方向で進んでくれれば良いのですが・・・

◆他社からの合併も視野に入れた支援要請

 当社は第46話でL弁護士に相談をした会社でして、産業用の精密機器や各種システムの開発・販売を行っている中堅企業で、最近の国内における情報技術関連企業の設備投資の増加に伴って、おかげさまで収益を順調に伸ばしてきております。前回の相談のときも、外注先のシステム開発企業Z社から運転資金の融資を要請されたのですが、結局Z社の売れ筋商品となっているパッケージソフトの著作権を担保に取って、融資を実行しました。それはそれでよかったのですが、またまた今度は、同業他社のY社から支援をしてもらいたいという話が来てしまい、どうしたものかと思っています。Y社としては単なる支援というよりは、当社に合併してもらうことも視野に入れて話をさせてもらいたいということです。私どもの業界も、情報技術分野で設備投資が復調してきたとはいえ、激変する市場に対応するために顧客の要求度は高まっていて、競争は一層きびしくなっています。それで、受注を増やしている所とジリ貧になってきている所と、二極分化が進んできているのだと思います。Y社はどちらかというと、従来当社よりも規模も売り上げも大きく、優良な企業だったはずですが、外から見るより、内情は苦しかったのかもしれません。

 ある有力な会社のA会長さんがY社の社長のPさんと知り合いで、Pさんから相談を受けて、Aさんはたまたま当社のQ社長とも知り合いだったこともあり、それなら最近景気がよさそうな当社に声をかけてみよう、ということになったようです。

◆緊急融資の要請にどう対応するか

 Y社は来月末の資金繰りに窮しているようで、とりあえず来月を乗り切る資金の融資をしてほしいという要請をしてきており、その後2ヶ月は顧客からの入金もあるため資金繰りの見通しも立つし、そうなれば不採算部門の切り離しなどの社内改革を早急に断行して、再び収益性の良い体質を作ってゆける、とりあえず今回の融資を取り急ぎ実行してもらって、2ヶ月くらいの間に本格的に合併などの話をさせてもらいたいと言っております。そんなに急なことを言われても、どうしたらよいのか・・・ただ、Y社は同業他社とはいっても、顧客の分野が異なっているため、当社と直接営業がバッティングすることはこれまで少なく、逆にいえば当社としてももしY社の事業が生きた形で当社の傘下に入れば、当社の事業の裾野も広がるので、よいチャンスかもしれない、ということで、社長の方からL弁護士にも相談しながら早急に検討をするように指示がありました。

L弁護士に相談

 ということで、早速Lさんに相談に乗ってもらうことになりました。

「来月末の決済資金の融資ということですが、返してもらえる当てはあるんですか。あるいは担保はどんなものを考えておられるんですか。」

「それが、返してもらえる当てそのものはハッキリ言って何とも言えないです。いままでY社は大手で信用もあったのですが、今となっては会社の経営内容が本当のところどうなっているか分らないですから。それから担保ですけれど、不動産はもう全然担保価値がなくて駄目でして、他に財産というと売掛金位しかなくて。あと、Y社のP社長さんが持っているY社の株も担保にして良いと」

「そうですか」

Y社は同業者なのですが、当社と顧客の分野が違うのと、優良な顧客を抱えていることから、生かしたままで当社の傘下にすることができるのであれば、多少のお金は掛けても良いという気持ちなのですが、いかんせん無担保では困りますので・・・」

「そうすると、とりあえずはY社の売掛金債権とPさん保有のY社株を担保に取るということですね。」

◆集合債権譲渡担保

「そうですね。売掛債権を担保に取るというのは、具体的にはどのようにしたら良いですか。」

「売掛金債権は現在既に発生しているもののほかに、今後の顧客との取引で生じる売掛金も含む形で担保に取ることができます。方法としては、質権でも譲渡担保でもいいですが、譲渡担保の方が一般的かもしれないですね。」

「売掛金は、これから発生する将来のものでも担保に取れるのですか。」

「そうです。もちろん、きちんとした契約書を作成することが必要ですし、債権譲渡ですので対抗要件の具備が必要になります。対抗要件としては債権譲渡登記というのができますが、Y社の商業登記簿に債権譲渡を行ったことが記載され、誰でも見ることができるようになります。」

「債権譲渡登記すると金融機関や取引先に知れて、かえって混乱を招く可能性もあるように思うのですが・・・」

「債権譲渡登記は難しいですかね。Y社代表者の記名押印済みの債権譲渡通知書を予め用意してもらって、当社に預けておいてもらい、信用失墜の事態が生じたとき直ちに発送できるようにしておくという方法も考えられます。この場合、債権額、内容などは白紙にしておいてもらって、発送時に補充することになります。ただ、債権譲渡登記をしておけば、万一Y社から債権の二重譲渡がされてしまったときに、二重に譲り受けた先に対して、当社が正規の譲受人であることを主張できるのですが、債権譲渡通知だけの場合は、通知前に二重譲渡を受けた先には主張できないことになります。」

◆売掛債権の価値

「なるほど。登記しておかないと、ちょっと不安がありますね。」

「不安ということでいえば、そもそもY社の売掛金が確実に回収できるものかどうかという点もありますね。正常に動いている会社であれば正常に回収できるものでも、会社がおかしくなって、製品や開発成果についてメンテナンスやサービスができなくなると、お客さんとしては代金を払えないと主張することがよくあります。そうすると、回収に相当の時間や費用がかかるだけでなく、売掛金そのものの減額を求められることもあったりして、所期の目的を達することができないということも考えられます。」

「確かにY社が倒産したりすれば、お客さんのほうとしては色々不便を被って、代金の支払いもしたくないということになるかもしれないですよね。」

倒産時の否認の可能性

「それから、Y社が倒産した場合を想定すると、当社がY社の売掛金債権を譲渡担保に取った行為が、他の一般の債権者の利益を害することになるということで、倒産手続の中で否認されて『もとに戻しなさい』と命じられる可能性も考えておかなくてはなりません。もっとも、Y社として当社からの融資があってこそ生きながらえることができるのですし、融資金も無駄遣いに使われるのではなく、事業運営のために必要不可欠の用途に使用され、担保としても適切な範囲で取得されているということになれば、おそらく裁判になっても否認の対象にはならないという判断をしてもらえるのではないかと思います。」

「そうですか。そうでないとそもそも融資なんかできませんからね。」

◆株式担保

「株式を担保に取るには、どうしたらいいですか。」

「これも質権設定と譲渡担保の方法がありますが、いずれにしても契約書をきちんと締結して、株券の交付を受けることが必要です。ただ、Y社の内容がよくなければ、担保としての価値はあまりないかもしれません。」

「合併を視野に入れる」意味

「そうですよね。売掛金にしても株式にしても、担保価値の見極めというか、リスクの評価はしておかなくてはいけないですよね。それから、当社としてはY社が『合併も視野に入れる』といっているので、当面の決済資金の融資に応じようかと思っているのですが、その点はどのように考えたらいいでしょうかね。」

「そこが問題ですね。当社としては合併によってY社の良い部分を傘下に収めることができるかもしれないから融資に応じようかと考えている訳ですが、もしY社の財務内容や今後の事業の見通しが良くなかったりした場合、Y社との合併の話は白紙にして、貸付金もきちんと回収したいということになるでしょう。しかし、他方、Y社にしてみれば、当社に資金融資をしてもらって、これで合併に持ち込んで延命してゆけるという期待を持つでしょうから、合併が白紙となったら困るという気持ちもあるでしょうね。でも、当社としては合併してみたら、思わぬ不良資産や簿外の債務がどっさりあったというのでは困りますから、無闇に合併などできませんからね。」

「そこなんですよね。どうしたらいいでしょうか。」

「今回の融資に伴う両社の全体的なスキームを明確にする合意書を用意し、お互いに誤解のないように手当てをするということが必要でしょう。」

◆全体スキームを明らかにする合意書

 Lさんのいう「合意書」に盛り込むべき主要な項目としては、以下のようなものがあるということです。

  @ 今回の融資がY社の当面の資金繰りの窮状を救うためのものであり、Y社はこの融資を受けてY社の正常な事業運営のために必要不可欠な○○○の決済資金として使用すること。

  A 今回の融資の担保として、別途締結する契約書により集合債権及びP保有株式を譲渡担保に供すること。

  B Y社は本件融資を受け、不採算部門の切り離し等の社内改革を断行し、収益性の改善に取り組むし、またそれが十分実現できると考えていることを表明すること。

  C Y社は今回の融資を受けるに当たって、上記を前提に当社との合併を視野に入れており、融資を受けた後、当社がY社の評価をなしうるように直ちに当社に対して当社の要求する財務資料その他の情報を開示し、必要な調査に協力をすること。

  D Y社は上記の調査の結果、当社がY社との合併を希望する場合には、これに応じ所要の手続等を行うものとするが、当社はY社との合併をする義務を負うものではなく、上記調査の結果、当社の裁量によりY社との合併を行うか否かを決定でき、当社が合併をしないことになっても、Y社に対して何らの責任も負わないこと。

  E 前記の結果如何にかかわらず、Y社は本件の融資金の弁済、譲渡担保権の実行について、誠意をもって対応すること。

Due Diligence

 「先ほど言いましたように、そもそも今回の融資そのものにもリスクはある訳ですから、その見極めをしないといけないのと、時間的余裕のない中で合併を視野に入れていることから、今からすぐにY社の資産負債の状況、事業の状況、今後の計画などを含め、必要な資料や情報の開示を受けて調査をする必要があります。」

「デュー・ディリジェンスというやつですね。」

「そうですね。これは例えば資産に不動産があるということであれば、その登記簿や現況を実地に調べて、その価値がどの程度あるかを評価するというように、個別に現物や証拠と照らし合わせながら、点検してゆく作業が必要で、相当の時間と労力を要することになります。法的な面ではもちろん私も協力しますが、通常、公認会計士さんや不動産鑑定士さんなどにも入ってもらって、専門的見地からの点検をしてもらうことになります。」

◆交渉プロセスで生じうるリスクと対応

「なかなか大変そうですね。」

「そうですね。デューディリ自体も大変ですね。それから、特に今回のお話の中でひとつ気になることがありまして、それは、今回のお話は相手先Y社が資金繰りに窮して切迫してきている状態の中でのものだという点です。」

「といいますと。」

「『急ぐ話には注意をしなくてはならない』という一般論もありますし、事がこれまで大手として一目置かれていたY社の存亡という重大事に関わることから、Y社側やP社長さんにも種々の思いがあるでしょう。今は緊急融資の成否という1点に集中していて、協力ムードで作業がされるでしょうが、これからいろいろな人の意見が入り混じって、事態の進展に伴って、場合によっては種々の問題も生じるかもしれません。特にデューディリでY社の財務内容などが良くないというような結果が出ると、当社としても合併には応じられないということになるでしょうし、そうなるとY社やPさんはどう考えるか。合意書で当社サイドに一切責任は無いと規定していても、それだけで事が済むかなど、課題が生じてくるかもしれません。」

「確かにそうですね。」

「いずれにしても、相互のコミュニケーションを良くしておくこと、協議をした場合にはその記録をできるだけ残すこと、当社が何らかの負担を負うことになる話が出た場合には、その話に応じる前にしっかり社内での評価をしたうえで、応じるかどうかを明確にし、返事をすること、等の点を留意した方が良いでしょうね。」

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 Lさんによると、最近、東京地裁で判決が出た事案(東京地判平成15624日)で、融資を受けた会社と融資をした会社の合併の話が破綻し、融資を受けていた会社が結局破産した事案で、当事会社や当時の代表者らが三つ巴になって、相手が嘘を言ったとか名誉・信用を毀損したとか主張しあって、巨額の損害賠償請求をし合うに至った事件があるということです。そのようなことにならないように、慎重に検討して対応してゆきたいと思います。                          (第48話 おわり)

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