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テクノ企業法務日誌46             弁護士 大澤 恒夫

知的財産の担保化と留意点

◆依然として厳しい景気と経済建て直し

 イラク戦争の終結宣言が出されて、欧州では2003年下半期の世界経済は拡大方向に進むという見方が広まっているそうですが、どうでしょうかね。中国発のSARS重症急性呼吸器症候群)が今後どうなるかにもよるのでしょうが、アジアの経済はますますシュリンクしていますね。日本では2003年5月から産業再生機構が業務を開始して、生かすべき事業体を主力銀行と一緒になって再生してゆく、これに協力して行われる債権放棄については無税償却を認めることにして、不良債権処理を加速させるということになったそうです。どの業界でもそうだと思いますが、事業として非常に優れていて将来性もある企業が金融機関の支援を得られずに倒産の危機に瀕してしまうような話をよく聞きます。これでは、日本の経済はますます暗いものになってしまいます。

 

◆取引先から運転資金の融資を頼まれて

 私どもは産業用の精密機器や各種システムの開発・販売を行っている中堅企業で、お蔭様でこのニッチな分野では世界的な評価も頂いており、堅実に黒字経営を続けてきております。私は管理部門を担当している取締役なのですが、先日、当社の取引先でシステム関係の外注先として有能な仕事をしてくれているZ社の社長さんから、3ヵ月後の資金繰り表の検討をしているが、現在取り組んでいるソフトウェア開発で仕様変更が重なり、工程が大変遅れたために、一時的にショートする可能性が出てきたということで、少し先の話しではありますが、その際には1000万円ほど融資してもらえないかということでした。金融機関に相談すると、逆に資金の引き揚げに繋がるのではないかと心配で、当社にまず相談したということでした。

 

Z社には担保にできる不動産が無いが

 当社は資金的には余裕があり、当社社長Z社が当社の事業にとっても貢献をしてくれている優秀な企業であることは理解していますし、融資自体はよいのですが、なにしろ社会全体の先行きが見えない状況ですから、それなりの担保を頂かないとリスクが大きすぎます。そこで、Z社に担保としてどんな財産があるのか資料の提出も求めたのですが、残念ながらZ社の社屋の不動産は金融機関の担保に入っていて、もう余剰価値はないと判断せざるを得ない状況にあるようです。ほかに担保になる財産はなかなか無いようで・・・・・・

 

◆知的財産の担保化

 当社社長にこのような経過を報告しましたら、「まてよ、前に≪不動産担保はなくても、知的財産を担保にして融資を得る方法がある≫というような話を聞いたことがある。Z社は幾つか特許もあるはずだし、ソフトウェア製品も優れたものがあるはずだ。法律的なことも含めて、顧問弁護士のLさんにも聞いてみなさい」という指示がありまして、早速、Lさんにアポを取り、事務所を訪問しました。

「メールで概略の問い合わせをしていますが、Z社は技術的には非常に優れた会社で、いくつか特許権を持っていますので、これを担保に取るということはどうでしょうか」

「特許権を担保に取ることは、もちろんできます。方法としては一般的には質権の設定か譲渡担保です。ただ、いずれの方法でも特許庁に登録をしないと効力を生じません。それから・・・・・・」

 

◆特許権の担保化とリスク

 L弁護士によると、特許権を担保に取得する場合のリスクあるいは難しさとしては、以下のような事柄があるということです。

 * 担保価値をどう評価するか、難しい。現にその技術を使った製品があるのか、その収益はどうなっているか、これから製品化しなければならないとすると、どのような投資が必要か、市場は受け容れるか、収益はどのように予想されるか、などを検討する必要がある。

 * 技術自体はあまり市場性がなく、担保実行してからどうお金にするか、難しい。当該技術自体が取引される市場性があればよいが、そうではないと実際に担保実行という事態に陥った場合、当該技術からお金を生み出すようにするには大変な労力や投資が必要になるかもしれない。

 * 最近の技術進歩は非常に激しく、技術の改良もどんどん進むし、更には別の画期的技術が出現するなどして当該技術が陳腐化する可能性がある。

* その技術からお金を生むには、専門の技術者が必要となる、など。

 

◆具体的な留意点

特許権を担保取得する場合、具体的には以下のような諸点に留意する必要があり、弁理士さん等の意見も聴いてみたほうが良いということです。

* 当該特許権の請求の範囲、残存期間のチェック〜特許登録がされても、その特許に対する法的な保護を求めるには相手方が「特許請求の範囲」に該当する技術を使用していることを証明しなければならない。従来の裁判では「特許請求の範囲」の解釈が厳格だったりして、なかなか思うような保護が得られないという実情があったが、最近のPro-Patent政策で法令の改正や運用の改善が行われてきた。それでも、特許を担保に取る以上、「特許請求の範囲」のチェックをしっかりして、本当に価値のある技術が検討する必要がある。

* 当該特許が無効審判を受けるような問題は無いか。

* 製品化や方法実施のために他のZ社保有関連特許や設備等がある場合には、それらも総合的に担保取得するのが望ましい。当該技術実施のためのマニュアル等の著作物がある場合は、その著作権も担保取得しておく必要があるかもしれない。第三者の特許技術等を併せて実施する必要がある場合は、ライセンスを受けられることがはっきりしている必要がある。

 * 当該技術を実施した製品やサービスが既に存在していて、それらのための商標権もある場合には、当該商標権も一緒に担保取得しておくほうが良い。

* 改良技術が生じたときに、その技術も追加担保として差入れてもらうようにする。

 * 担保権実行がなされた場合、当該技術の実施について債務者から技術指導等を行ってもらうようにする必要がある、など。

「いや〜、ずいぶんいろんな角度から検討してみる必要がありそうですね。弁理士さんとも相談して、Z社からも必要な情報を見せてもらいながら、十分検討したいと思います。」

「そうしてください。契約段階で法的にこまごまとした規定については、その時点でまたご相談に乗りますよ」

 

◆ソフトウェア著作権の担保取得と対抗要件

「是非そうしてください。それからLさん、そのほかにZ社にはなかなか良くできたソフトウェア製品もありまして、これを担保として融資をするということもできないかなと思うのですが・・・」

「もちろん著作権の担保取得もできます。方法としては質権設定か譲渡担保です。いずれも文化庁長官への登録(ソフトウェア情報センターhttp://www.softic.or.jp/touroku/ index.htm)が必要です。ただ、特許の場合の登録と異なり、効力発生要件ではなく、対抗要件です。」

「対抗要件といいますと?」

「例えば、最近判決のあった事件ですが、簡単にモディファイしてご紹介しますと、A社がB社からソフトウェアを譲渡担保に取ったのですが、登録はしていなかった事案で、後にB社が破産して破産管財人が選任されました。A社は自分に権利があると破産管財人に対して主張したのですが、東京地裁(H15317判決)は、破産管財人は第三者としての地位にあり、A社が第三者である破産管財人に対してその主張を通す、つまり対抗するには登録をしていなくてはいけない、ということで、A社の主張は認められませんでした。」

「そうなったら大変ですね。絶対に登録しておかないと」

 

◆ソースコード、バージョンアップなど

「ソフトウェアの場合、機械だけが読めるオブジェクトコードだけ入手しても、ソフトのバグ取りや改良、カスタマイズなどができませんから、ソースコードや関連ドキュメントも入手できるようにすることが必要でしょう。また、ソフトは不断のバージョンアップを繰り返して製品として成熟・安定してくるものですから、バージョンアップされたソフトも追加担保として設定されるように手当てすることも必要です。」

 

◆著作物と権利の存在

「それだけでなく、特許は特許庁での登録をチェックすれば一応権利者が誰であるかを確認することができますが、著作権はご承知のように著作物は創作されたその時点で権利が自動的に発生し、権利発生ために登録は必要ありません。Z社のソフトウェアについてZ社がこれは自社で開発したもので、Z社に権利があると保証していても、開発の実態によっては別の人が自分が権利者だと主張して出てくることもありえます。」

「そんなことがあるんですか?」

 

◆「職務著作」をめぐる問題

「会社から命じられた業務として従業員が作成した著作物で会社の名前で公表するものは、会社が著作者となって自動的に著作権などを取得します。これを職務著作といいます。前々号で取り上げた特許における『職務発明』と大きく異なる点です。」

「はあ・・・」

「で、これも最近、最高裁判決(H15422)のあった事件ですが、P社がアニメーションを製作するについてRという外国人がキャラクター原画を描画したのですが、Rは観光ビザで日本に入国してP社の仕事をし、P社はRに給料を支払っていました。ただ、税金や保険料の控除、タイムカードによる勤務管理等はなされていませんでした。P社は創作された著作物はRによる職務著作であって、当然P社の権利に属すると主張しましたが、Rは自分はP社の従業員ではなく、本件の著作物はあくまでも自分のものだと主張して、アニメの頒布等の差止や損害賠償と請求しました。」

「で、どうなったんですか」

「東京高裁はRP社の従業員とまでは認めにくいとしましたが、最高裁は会社の指揮監督と労務対価の支払の実態について具体的な事情を総合的に判断すべきで、本件では従業員と考えられる可能性もあるとして、再度審理を尽くすべきだとしました。」

「意外に会社の著作物かどうかは微妙な判断が要求されることもあるんですね。そうすると、開発の実態によっては職務著作として認められないこともあり得ることで、著作権が根底からひっくり返ってしまうということもあるということですね。」

 

◆特許の場合

「そうなんです。まあ、特許の場合でも登録された後になって、あの技術は冒用されたものだとか、とっくの昔に公知になっていたとか、大した技術ではないなどとして、無効審判の申立が出てきたりすることはありうる訳ですから、同じようにリスクはありますが。」

 

◆知的財産の評価方法と基本的な考え方

「ちょっと戻りますが、先ほどの話の中に、担保評価のむずかしさという問題がありましたね。」

「そうですね。実質的にはその点が一番難しいかもしれません。具体的な評価方法としては、@当該の知的財産の開発に要した費用から現在の価値を評価する方法、A類似する知的財産の市場価値を基準として評価する方法、B当該知的財産のもたらすであろう収益を現在価値に引きなおして評価する方法(ディスカウントキャッシュフローによる方法)、の3つがあります。」

「なんだか難しそうですね。」

「これまでは知的財産の市場性が低く管理も難しかったりで、なかなか市場価値を評価したり収益予測を行ったりすることが難しかったものですから、担保評価も難しかった訳ですが、最近では官民挙げて知的財産の保護や活用についての具体策を実施してきています(知的財産の信託などもその一例です)ので、将来的には大分状況が変わってくるかもしれませんね。現況では種々の難しい面があり、難しさばかりを指摘してしまいましたが、かといって不動産神話も崩壊していまや不動産でも信用できる担保ではなくなっていますから、相対的には知的財産の評価も上がるのではないでしょうか。」

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知的財産も担保にできること、そのためには種々検討すべき事柄があることが分かりました。このような検討をしておくことは、私ども技術開発企業にとって、自社の評価を客観的に行う上でも今後必要になってくるノウハウの蓄積につながると思います。L弁護士の話も参考にして、よく検討してみたいと思います。

                           (第46話 おわり)

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