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テクノ企業法務日誌45             弁護士大澤恒夫

新技術製品の販売ビジネスモデルと営業秘密

 

◆「人類未知未踏の探求」

 小柴名誉教授のノーベル賞受賞を光技術で支えた浜松ホトニクスの晝馬社長さんが『できないと言わずに、やってみろ!』(イーストプレス、20032月)という本を出版されましたが、要約していうと「人類未知未踏の問題は無限に広がっており、このことをよく認識し、飽くなき探求を通じて社会に貢献するのがサイエンスである」という趣旨を言っておられます。分からないことを自覚し、しかも情熱を持続させながら探求して広く社会に貢献するということは、私ども技術開発型企業にとって、本質的な重要性を有することです。この本の中には、驚くような新しい技術や大変勇気づけられる話が沢山紹介されていて、是非とも当社の社員にも読ませよう思います。

 

◆新技術製品の開発と企業秘密

さて、私どもは前回の話(第44話)でL弁護士に相談した、コンピュータ関連装置やソフトウェアの開発をメインにしている中小企業です。前回、職務発明の取り扱いについて社内規定をどのようにしたらよいか相談したのですが、そこでも出てきました企業秘密の取り扱いについて、実際に問題が出てきそうなので、引き続いてLさんに話を聞いてもらおうと思います。と言いますのは、このたび我が社で新しい画期的なコンピュータ関連技術を開発しまして、製品化の目処も立ち、適用分野としては精密加工装置の動作精度を飛躍的に高めることが可能となることから、ある装置メーカーA社に概略の話を持ち込みました。そうしましたら非常に興味を持たれ、是非とも試作機で良いから売って欲しいという要請をA社から受けたのです。それで、社長に報告しましたら、当社のノウハウの粋を凝らした素晴らしい製品なので、企業秘密が外部にもれないような売り方をできないものか、法律的な面からLさんに相談してみよう、ということになりました。

 

◆特許出願とノウハウ保持の利害得失

 で、Lさんに相談しようと、L法律事務所に来て、会議室に入ったところです。

「・・・という訳で、当社では画期的な技術を開発しまして、製品化の目処も立っているのですが、販売することによって当社のノウハウが外部に漏れてしまうと先行者利益がなくなってしまいますし、どうしたものかと・・・」

「なるほど。この新技術は特許出願を済ませているのですか、それとも出願せずにノウハウとして社内にとどめておこうという方針ですか?」

「一応、現段階で特許出願は済ませておりますが、製品の販売方針によっては公開になる前に出願を取り下げようかと・・・」

「特許は技術を公開する代わりに一定期間独占権を認めるという制度ですが、公開後審査を受けたら結局特許登録されないまま、技術だけ公開になってしまうというリスクがありますね。反対に技術を一切公開せずに、ノウハウとして秘密にして利益の確保を期待するという方針もありえますが、実際上秘密がきっちりと守られることが重要なテーマになります。」

 

◆秘密保持を前提としたマーケティング・モデル

「そこがなかなか難しいところですよね。でも、とりあえず今の段階では公開にもなっていませんので、当面、技術ノウハウを秘密にしてもらうという前提で販売スキームを考えるということは可能でしょうか?」

「それはある程度、可能だと思いますよ。」

「具体的にはどのような?」

「一つは、ユーザーへの販売を売買の方式で行い、売買契約書の中で、この装置や関連資料に関する機密保持義務を買主に課する方式が考えられるでしょう。」

「売買取引でもそのような秘密保持義務を課すことができるんですか?」

 

◆製品売買における秘密保持義務に関する裁判例

「これは可能と考えられます。過去の裁判例を見ますと、スイスの銀行券印刷機メーカーが日本の大蔵省印刷局に銀行券印刷機を販売したのですが、契約において書面や明示的な合意で技術情報の秘密保持について約束していなかったという事案で、スイスのメーカーが日本国を相手取って、買主である国には黙示の契約、不正競争防止法、信義則などを根拠として秘密保持義務を負っていると主張し、競争業者への開示の禁止や損害賠償を求めた事件があります(東京高裁2002529日判決)。」

「ほ〜!」

「でも、その事件では、当該の情報は既に公知になっているものの寄せ集めだったり、秘密として管理されているものではない、などの理由でスイスメーカー側が負けました。」

 

◆秘密保持義務を課するには

「ということは、秘密保持義務を課すことができなかったということですね?」

「この事件ではそうでしたが、判決の内容から逆に推論しますと、@明示の機密保持義務を定める契約があること、A不正競争防止法の定める営業秘密保護の要件が備わっていること、が認められれば、売買等の契約でも相手方に秘密保持義務を課すことができると考えられます。ごくラフに言えば、秘密として保護されるべき実質を有する情報で、契約書で明確に規定すれば、可能と言ってよいと思います。」

 

◆賃貸借方式

「でも売買だと、売った物が誰かに転売されて何処かに行ってしまった場合でも、売主は文句をいえないような気もするのですが・・・」

「売買当事者間では有効ですから、転売した買主に対しては、契約違反で損害賠償を求めることができるでしょう。しかし、秘密保持義務を課して転売を禁止しても、その義務は原則として売買の当事者間にしか効力は認められなうと思います。ですから、例えば買主の債権者がその物を差し押さえてしまうようなことがあると、転売禁止だから差押えもできないとまでは言えないでしょう。」

「そうすると困りますね。」

「そこで、賃貸借方式が考えられます。つまり、所有権は当社に残して、装置をユーザーに賃貸する。ユーザーはこれを第三者に転売等の処分はできないし、秘密保持義務も負う、という方式です。ただ、この場合も契約書の整備のほかに、不正競争防止法の営業秘密として保護される要件が整うことが重要です。また対象が動産ですので、万が一ユーザーが勝手に第三者に売却してしまって、その第三者が善意無過失ですと、いわゆる善意取得が生じてしまい、賃貸人は所有権を失ってしまいますが、そのようなことはこの装置のユーザーになるような規模や業種の企業では、あまり考えられないでしょうね。」

「そうですね。」

 

◆情報保持契約

「なお、情報の保持についてもうちょっと突っ込んで言いますと、先程の判決なども言及しているのですが、実質的な秘密か否かを問うことなく特定の技術情報について第三者に開示しないで保持しなくてはならないという契約も有効と考える見解もあります。ただ、そのような契約は仮に有効でも、種々問題を生じることもあるのではないかと思います。」

 

◆特許権に基づくビジネスモデル

「ノウハウ保持ではなく、特許権を取得する方針にする場合は、どんなモデルが考えられるでしょうか?」

「幾つか考えられると思いますが、典型的には@自社で特許製品を一手に製造販売するモデルと、A特許ライセンスを行うモデルです。後者のライセンスモデルでも、(a)主力提携先へのライセンスを中心とするとか、(b)広く希望先にライセンスをしてゆくなどのバラエティがあるでしょう。業界や市場の状況を分析して検討すべきです。」

 

◆不正競争防止法の保護を受けるための要件

「ビジネスモデルについては、きょうの話を踏まえてよく社内で検討してみます。それから、先程の話で不正競争防止法の要件というのがあったのですが、もう少し詳しく説明してもらえませんか」

「要件は大きく言って3つあります。@秘密として管理されていること、A事業活動に有用な情報であること、B公然と知られていないこと、です。このうち、過去の裁判例を見ますと、@の秘密管理性に問題ありとされて、秘密としての保護が与えられなかったケースが意外と多いのです。」

 

◆経済産業省の「営業秘密管理指針」

「具体的にどうすればいいんですか?」

「この問題については、私の『テクノ企業の予防法務』(1997年、静岡新聞社)の第2話『キーエンジニアの転職』で説明していますので、読んで頂ければありがたいのですが、さらに最近(20031月)、経済産業省が『営業秘密管理指針』を公表して詳しく述べています(http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0003613/)ので、ぜひ検討して下さい。簡単に申しますと、まず秘密情報の区分と表示を決め、誰がどのようにアクセスを許され、どの範囲で使用できるのか、情報の保管や施設管理等をどうするのか、役員や従業員あるいは退職者への義務付け・周知徹底の方法をどうするか、契約先との機密保持の契約をどうするか、第三者からもたらされる情報の取り扱いをどうするか、などを予め社内体制としてルールをきちんと決め、就業規則や社内規程、契約書、誓約書の作成・実行やフォローアップなどを行うといったことが求められます。」

「これは大変そうですね」

 

◆情報区分・機密表示と管理

「まず、社内の情報のうち、秘密として保持すべき情報にはどのようなものがあるかを確かめる必要があります。そして、公知になっていない情報で、ごく少数の人しか知らず厳重に機密に管理しなくてはならないもの、業務上の必要ある従業員には開示するもの、社外秘だが社内の人間は自由に見ることができるもの、などの区分をします。その区分に従って、例えばX社厳秘(Strict Confidential)、X社秘(Confidential)X社社外秘(Internal Use Only)というような統一的な表示を付けます。その際、秘密の主体を『X社』などのように表示しておく方が良いでしょう。そして、これらの機密区分に応じた管理体制を決めて、周知徹底をはかり、規則や契約を整備し、実行してゆくということが必要です。」

「頭が痛くなってきました。」

「しかし、営業秘密は知的財産の大本になるもので、技術開発型企業としては、是非とも適切な秘密管理体制の整備と実施をする必要があります。前回の職務発明規程も営業秘密の管理がしっかりできていないと、尻抜けになってしまいます。」

 

◆内部告発の保護と営業秘密の保護

「確かにそうですね。それから、ついでに余分なことかもしれませんが、ちょっと聴いていいですか?」

「どうぞどうぞ、ご遠慮なく」

「最近、内部告発というのがはやっていて、内部告発を保護すべきという議論が高まっていますよね。営業秘密の保護と内部告発の保護とは衝突する問題がでてくるんじゃないかと思うんですが・・・」

「鋭いご質問ですね。」

「いや〜それほどでも・・・」

「例えば、あるメーカーで製品開発の途上で種々失敗して欠陥が生じたデータがあるとします。そして、完成した製品が広く販売されたところ、PL事故が生じて消費者が被害を被ったという場合に、そのメーカーで開発に係わった従業員が内部告発で開発中の欠陥の発生の事実を公表したとしますと、この従業員の行為は不正競争防止法違反になるか。どうでしょうか?」

「う〜ん、むずかしいですねえ。」

「そう、なかなか難しいですね。基本的には製品開発中の失敗に関する情報などのいわゆるネガティブ・インフォメーションも有用性のある情報であり、秘密管理等の要件が備わっていれば、不正競争防止法の保護対象になりうると考えられます。そうしますと、これを広く社会に開示する行為は違法行為となる可能性があるのではないかと思います。ただ、具体的な事案の中で当該の情報が秘密にされるべき正当な利益がないと判断される余地もありえないではないと思いますが・・・」

「なんだか、もっとややこしくなってきたような・・・」

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 今回の画期的技術の開発を機会に、社内における営業秘密の管理体制と製品の販売モデルの検討を早急に行い、知的財産を積極的に活用する企業を目指してゆきたいと思います。

(おわり)

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