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テクノ企業法務日誌41                       弁護士大澤恒夫

Webサービスと責任問題の広がり

■ブロードバンド化の驚異的な浸透

 相変わらず大変な不況が続いている日本ですが、インターネットの世界は着実に発展しつつあるようです。総務省の発表によりますと、2001年12月末のDSL加入者数は150万を突破したそうで、しかも12月の1カ月だけで30万件以上も増加したそうです。2000年12月末には1万件に満たなかった加入者数が、2001年の1年間だけで実に150倍以上に増えたことになります。政府の予想ですと2002年末には460万件位になるということでしたが、このペースだとこの数字を超える可能性も出てきたということです。

 それにブロードバンドはDSLだけではありません。ご承知のように、CATV、FTTH、無線など多種多様な接続サービスが続々と出てきて市場を広げており、ブロードバンド利用者がもっと増えることは確実でしょう。

■高速・大容量・常時接続のもたらすもの

 これはビジネス・チャンスです。当社は第39話で登場しましたソフト開発のベンチャー企業です(第39話でお話したのはソフト不正コピー防止管理ソフトの件でした)が、このビジネスチャンスを今後の当社ビジネスにどう生かすかが重要な課題になっています。

 ブロードバンドによって世界的な規模で個々人が高速・大容量・常時接続を容易に利用でき、全世界の接続PCによる巨大な高速ネットワークが出現していることになります。そこには大きな利便性とともに、大きなリスクもあります。ビジネスとしてはこの利便性を増大させる方向でのものがある一方、リスクへの対処をサポートするビジネスも考えられるでしょう。

■Webサービスの立ち上げにあたりL弁護士に尋ねる

 当社としては、とりあえず当社開発ソフトの拡販を目指してWebサイトを立ち上げて、ソフトのダウンロード販売やユーザーの意見表明・相互交流をしてもらう掲示板サービスを行おうと思っています。ただ、最近インターネットの世界で逮捕者が出るとか種々の物騒な話題を耳にするものですから、ビジネスを始める前に法的な留意点をチェックして置こうと思います。ちょうど先般の相談をきっかけに法律顧問になってもらったL弁護士に話を聴いてみることにしました。

■ビジネスソフト公開による著作権侵害事件

「逮捕者が出た事件というのは、昨年(2001年)11月28日に京都府警ハイテク犯罪対策室(http://www.pref.kyoto.jp/fukei/hightech.htm)などが大学生等2人を送信可能化権侵害により逮捕したという事件ですね。」

「いきなり刑事事件というのは物騒な話ですが、どんな事件だったんですか。」

「この事件は、WinMXといういわゆるファイル交換ソフトを自宅のPCにインストールしまして、アドビ・フォトショップとか一太郎とかの大量のビジネスソフトなどを第三者がダウンロードできるように公開していたというものです。」

「ずいぶん大胆なことをやっていたんですね。驚きました。」

「外にも捜査対象になった人がいるようですが、その中でも悪質な2名が逮捕されたということです。」

■送信可能化権とは

「送信可能化権の侵害というのはどういうことですか。」

「これは平成9年の著作権法改正で、23条1項に『著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。』と規定されました。自動公衆送信というのは『公衆送信のうち、公衆からの求めに応じ自動的に行うもの』で、インターネット上で不特定または多数の者がアクセスしてダウンロードできるようになっていれば、この自動公衆送信を送信可能にしていることになります。そして、実際にダウンロードが行われますと、公衆送信が実行されたことになりますので、公衆送信権の侵害も成立します。数百メガバイトもの大きさのソフトをダウンロードするとうのはブロードバンドでなければ実用にならないものでしたが、ブロードバンド時代は著作権保有者にとっては大きな脅威の時代でもあるわけで、送信可能化権はそのような脅威に対するひとつの防御策になります。」

■ファイル交換とは

「ファイル交換というのはどういうことですか。」

「いま日本で仮処分事件が起きているファイルローグ(http://www.filerogue.net/)のファイル交換サービスを例にしてみますと、利用者はファイルローグのサイトにアクセスし、ファイル交換サービスを利用するために必要なソフトを無料でダウンロードしインストールします。それと同時にサービス利用のためのIDとパスワードの発行を受けます。利用者は他のユーザーに共有させてもよいと考えている自分のファイル(共有ファイル)を自分のPCに置いておきます。そして、そのユーザー(A)がファイル交換ソフトを使いIDとパスワードを入力してファイルローグのサーバーに接続すると、Aの共有ファイルのリストが自動的にファイルローグのサーバーに送信され、一元管理されます。このとき同時に接続している他のユーザーBはファイルローグのリストを検索して自分がほしいと思っている共有ファイルを探します。AのPC上に欲しいファイルがありますと、ユーザーBはファイルローグのサーバーを介さずに、ユーザーAのPCに直接アクセスして、その共有ファイルをダウンロードして入手します。逆にAもBのPCにある共有ファイルを利用できるわけです。」

「なるほど、便利なものですね。AとBがLANで繋がっているみたいなもんですね。」

■P2Pのファイル交換

「これは世界的に有名なナップスターなどと基本的に同じような中心に検索サーバーがある仕組みだろうと思いますが、ナップスターは昨年の米国での著作権侵害裁判で実質的に交換サービス停止の状況にあるようです。最近ではこのようなサーバーが中心点となっているサービスではなくて、Peer To Peer(仲間から仲間)タイプのサービスもあります。新世代のサービスといわれており、ミュージックシティなどが典型的なものです。これは個々のユーザー自身が独自のファイル交換ネットワークを構築できるソフトを配布し、そのソフトを利用して接続された個々のPC同士の間で共有ファイルの検索や結果の表示を行い、ファイル交換も直接行うというものです。」

■サーバータイプのファイル交換サービスと著作権・著作隣接権

「ファイルローグのサービスについて、今年(2002年)1月29日にレコード会社19社と日本音楽著作権協会(JASRAC)が東京地裁に対して、音楽CDから作成されたMP3ファイルの交換停止を求める仮処分申請をしました。申立人側の主張では、ファイルローグで公開されているMP3ファイルのほとんどすべてが市販の音楽CDなどから作成された違法なものだということです。なお、JASRACは音楽の著作者から著作権の信託を受けていて送信可能化権・公衆送信権を保有していますし、レコード会社にも著作権法96条の2で著作隣接権として送信可能化権が与えられています。」

「ファイルローグ側は何と言っているのですか。」

「現時点でははっきりしませんが、報道では、ファイルローグは交換の場を提供しているだけだし、サーバーは国外にあるから日本の法律は適用されない等々の主張をしているようです。これに対して、JASRACは『ファイルローグサーバと利用者のコンピュータとが一体となって自動公衆送信装置を構成しており、同社と各利用者は共同して管理著作物の送信可能化及び利用者のコンピュータにおける複製行為を行っているもの』としています(http://www.jasrac.or.jp/release/02/01.html)。またサーバーが外国にあっても責任を免れないとしています。」

  [補] 東京地裁は平成14年4月にJASRAC等の請求を認め、一定のサービスの停止を命じる仮処分命令を発しました。

■P2Pタイプのファイル交換と著作権

「先ほど紹介しましたP2Pタイプのサービスについて、米国やヨーロッパではすでにレコード・映画業界から裁判が起きておりますが、ナップスターの場合と違った様相を呈しています。」

「といいますと・・・」

「中心にサーバーがあるサービスですと、そのサーバーを運営している企業を捕らえて差止めやフィルタリングを行うことが可能ですが、P2Pの場合、中心になるものがなく、行為そのものは個々のユーザーが行っていますので、捕まえるポイントとして何を考えるかが問題です。今起こされている裁判は、P2Pファイル交換を可能にするソフトの配布行為を捕らえてのものですが、ソフト配布者がファイル交換そのものを止めることができるかというと、これは難しい話になるでしょう。」

「なるほど。」

「それから、P2Pの裁判では米国の電子フロンティア財団という人権団体がP2Pサービス側を擁護しており、開発者の技術革新の自由や消費者の通信の自由を尊重すべきだとしています。また、ビデオデッキが映画の不正コピー以外に正当な利用が多くなされているのと同様に、P2Pファイル交換でも合法的なファイル交換が多くなされており、P2P自体を違法視すべきではないという主張もなされています。」

「これはなかなか難しい問題を含んでいますね。」

■問題のコアと外延

「日本でもいずれP2Pも問題となってくるでしょう。ただ、たとえば市販のCDをコピーしたファイル作成して他人に上げてしまうことは、どんな技術のもとで行ってもそれ自体違法な複製による著作権侵害ですので、先ほどの議論でもこのような違法行為までも認められるものではないという点は、はっきりしておく必要があると思います。ただ、個々の違法行為をしているユーザーを相手に責任を追及するとしても、たとえば違法コピーを監視して侵害者の特定までできてしまう技術が開発され、それがユーザーの知らない間にダウンロードされてシステムに組み込まれるというようなことになってくると、プライバシ−の保護などの観点からの問題も提起されるでしょう。あるいは逆に、個々のユーザーではなくてソフトの配布者、あるいは配布サイトの運営者に責任を追及するという方向になるかもしれません。さらにはもっと進んでソフト開発者の責任を追及するとなると、これまた責任があまりにも拡散して技術革新を阻害する感じがして、なかなか簡単には結論が出せませんし、問題がどんどん増殖してゆく感じですね。」

■最近成立したプロバイダー責任法

「サイト運営者の責任で思い出しましたが、昨年(2001年)11月30日にプロバイダー責任法が公布されました。」

「プロバイダー責任法ですか?」

「正式には『特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律』といいます。6ヶ月以内に施行されることになっています。条文等は総務省のサイト(http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/top/denki_h.html)でご覧いただけます。」

「どのようなことが規定されているのですか。」

「たとえば電子掲示板に他人の名誉を毀損する書き込みがなされ、それを放置あるいは削除した場合に、どういうときはプロバイダー等に損害賠償責任が生じないのか、また、被害者は書き込みをしたユーザーの氏名や住所などの発信者情報をどのような場合にプロバイダーに開示請求ができるか、ということです。」

■損害賠償責任の制限(1)〜被害者との関係

「名誉毀損の例で考えてみますと、まず、電子掲示板の運営者が当該の書き込みを削除しなかった場合に被害者に対する責任はどうなるかですが、@当該情報の送信を防止する措置を講ずることが可能で、Aその情報により他人の権利が侵害されていることを知っていたとき、あるいは、当該情報の流通を認識しており,権利侵害を知ることができたと認めるに足る相当の理由があるとき、でなければ責任を負わないと規定されています。運営者に監視義務まではありません。また、この規定に該当しないとしても直ちに責任ありということにはならず、法律上の責任ありとされるためには更に、不法行為等の要件を満たす必要があるということです。」

「ちょっとよく分からないんですが・・・」

「逆は必ずしも真ならず,っていうヤツでして、プロバイダー責任法による責任制限には該当しないとしても,即責任があるということではない、ということです。」

■ニフティ事件・東京高裁判決

「この点で参考になりますのは昨年(2001年)9月5日に東京高裁が下したニフティ事件の判決です。この事件ではパソコン通信ネットワーク上の現代思想フォーラムという電子会議室に書き込まれた名誉毀損等に該当する発言をめぐってシスオペの削除義務等が問題とされました。シスオペは被害者からの削除要請に対して、議論の質を高める等の配慮のもとで発言者にルール違反を止めるようメールや会議室内で公開要請するなどをしつつ、当該発言自体を直ちには削除をしなかった事案でした。」

「そうしますと、その事案ではプロバイダー責任法の責任制限要件には該当しない、つまり当該情報の流通を認識していたし、それが名誉毀損に当たることも分かっていたということになりそうですね。」

「そうですね。しかし、かりにプロバイダー責任法の制限要件に該当しないとして,直ちに責任があるといえるかといいますと、東京高裁は結論としてはシスオペやニフティに責任はないと判断しました。裁判所は、本件発言が名誉毀損等に該当することやシスオペに削除義務自体があることは認めましたが、本件の具体的経過等に照らして考えると削除義務の違反はないと判断したのです。」

■損害賠償責任の制限(2)〜発信者との関係

 「次に問題になるのが、運営者が発言を削除等した場合に、その発言者に対する責任の関係です。プロバイダー責任法は、@送信防止措置が必要最小限のものであって、A他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があるか、あるいは、被害者からの理由を付した申し出に基づいて発言者に対して削除に同意するか照会し、7日を経過しても不同意の旨の連絡がないときは、プロバイダーが当該送信防止措置をしても責任を負わないと規定しています。」

■ノーティス・アンド・テイクダウン

「プロバイダー責任法の責任制限はノーティス・アンド・テイクダウンという手続の考え方を一部取り入れているものと思います。」

「どういう手続ですか。」

「Web上の情報等により権利を侵害されたと主張する者からの一定の通知に基づいて、プロバイダー等が相手方に異議を述べる機会を与えるなどした上で,一定の場合に削除等の侵害排除措置を行う手続のことをいいます。プロバイダー責任法はこのうちの一部に関して定めていますが、たとえば発言者から反論があった場合にどうなるかは規定していません。いまのところ各プロバイダー毎に一定の合理的な手続を定めておき、その手続を踏むことで免責を主張できるように検討するということになります。」

■ファイルローグのNotice & Take Down

「ご参考までに申しますと、先ほど紹介しましたファイルローグのサイトでも『権利者の皆様へ』として、次のような表示がなされています(http://www.filerogue.net/ntd.html)。」
    
著作権、著作隣接権、名誉権、プライバシー権その他第三者の権利を違法に侵害するファイルが共有されている場合の措置に関しては、弊社は、平成12年12月に公開された著作権審議会・・・において提唱された「ノーティス・アンド・テイクダウン手続」に準拠した権利救済手続を採用しております。自己の権利を違法に侵害するファイルが共有されているので、その共有状態を解消を希望する権利者の方におかれましては、「ノーティス・アンド・テイクダウン手続規約」に則って、共有状態の解消の申立てをしていただきますようお願いいたします。

 ただ、ファイルローグに対する仮処分事件でこのノーティス・アンド・テイクダウンが有効な反論になるかどうかは、難しい問題ではないかと思います。」

■プロバイダー責任法で定められた発言者情報開示請求権

「それから、インターネットでは権利侵害が匿名や仮名による情報発信により容易になしえ、その発信元が不明なままでは責任追及もなしえません。そこでプロバイダー責任法は、@侵害情報の流通による権利侵害が明らかで、A被害者の権利行使のため必要など開示を受ける正当な理由があるときは、被害者はプロバイダーに対して発信者情報(氏名住所その他で総務省令で定められる)の開示を請求できると規定しました。ただ、プロバイダーは原則として発信者の意見を聴かなくてはならず、また、開示を受けた被害者も発信者情報を濫用して発信者の名誉毀損等に及んではならないと規定しています。また、プロバイダーが被害者からの開示請求に応じなかった場合に、被害者に損害が生じても、プロバイダーに故意又は重過失がなければ賠償責任は生じないと規定しています。」

 

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 今回Web上のサービスを巡る最近の主要トピックを聴いてみましたが、新しい法律や種々の難しい事件が生じているようで、今後のビジネスを考える上で十分に検討したいと思います。特にWebサービスを運営するものとして法的な責任問題を生じない体制作りをL弁護士の助言も得ながら考えたいと思います。  

                                                                   (第41話 おわり)

 

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