HOME     「テクノ企業法務日誌」 
話合いによる問題解決  衝撃の同席調停  大阪研究会  同席合意形成と法律業務  ニューヨークのMediation
 
LANCIA    FORREST  おまけ

テクノ企業法務日誌40                                                               弁護士大澤恒夫

特許技術と事業戦略と独禁法

*今こそ前向きの努力を

 あの忌まわしい9月11日の同時テロ以来、世界経済は底知れぬ渦の中にグルグルと巻き込まれ、日本でも景気判断が「一段と悪化」となる状況が進行して、どこまで落ち込んでしまうのか気が気でなりません。そんな中、T自動車の中間決算が過去最高益を計上したというニュースもありました。まだまだわが国も捨てたものじゃあない、なんて希望の星を見付けたような気分になったりしていますが、そんな暢気なことを言っている場合じゃないですよね。でも、こういう激動の時代は見方を変えればビッグ・チャンスの時代でもあるのですから、皆さん、いまこそ前向きの努力を致しましょう!

*環境製品の新規事業

さて、当社はもともとは電子精密機械のメーカーなのですが、これからは環境の時代だということで家庭用の生ゴミ処理機も開発し、新規事業として立ち上げようとしています。当社の従来の技術を応用することで、なかなか優れた処理技術を新規に発明できて特許出願も済ませており、将来有望な事業になるのではないかと期待しています。

 ただ、この分野は他にも競合メーカーが相当あり、どのような事業展開を行ってゆくべきか、社長を初め役員も慎重に検討しているようです。私は、当社で総務部長をしている者ですが、先日社長から呼ばれまして、この事業について幾つか検討課題を与えられました。

*社長から与えられた課題―パテント・プール

 技術部の検討によると、生ゴミ処理機については当社の新規開発技術は相当優れたものであることは間違いないものの、競合メーカーP社及びQ社の有する特許技術も重要なもので,当社の技術とP社、Q社の技術を併せて使えば、その他の競合メーカーが足元にも及ばないような素晴らしい処理機が開発できるということです。社長はP社の役員に親しい人もいることから、内々に話をしたところ、P社もそれは良い話だということで、Q社にも話を広げ、Q社の賛同も得られたということです。

 そこで社長からの宿題は、こういう場合、当社・P社・Q社で共同して特許管理の会社を設立して,パテント・プールというものを作ることによって、お互いの技術を有効に活用できるし、この分野のビジネスを有効にコントロールすることができるのではないか、ただ法律的に注意すべき点もあるらしいという話をどこかで聞いたので、どんな点を注意すべきか調べろ、というご下命でした。

 ということなのですが、私自身今までパテント・プールなどということは聞いたこともありませんでしたし、何をどう調べれば良いのか見当もつきません。幸い、少し前から顧問になってもらったL弁護士がおりますので、まずはLさんに相談してみようと思います。

*L弁護士に相談

 Lさんの事務所の会議室には、壁面に天井まで造り付けてある書棚があるのですが、知的財産関係や独占禁止法関係、あるいは倒産関係の書物などが所狭しと溢れています。その一角に同じ本が二十冊程積み上げてあります。見るとLさんが著者になっている『IT事業と競争法』という本です。

「この本、お書きになったんですか。」

「恥ずかしながら、そうなんです。ここ何年かソフトウェア情報センター(SOFTIC)で研究をさせてもらった際の報告書や、VEGAのテクノ企業法務日誌などをまとめさせていただいたもので、ITビジネスにおける知的財産や独占禁止法の問題などを中心に検討をしたものです。お役には立たないと思いますが、どうぞ1冊お持ち下さい。」

「ありがとうございます。ところで、先日FAXしましたように、社長がパテント・プールについて調べるように言っておりまして、まずはLさんのお話を伺おうと思いまして…」

*パテント・プールの基本的スキーム

 Lさんによれば、パテント・プールとは,複数の特許権等の権利者が各自の特許権等を一定の組織に集中し、その組織から必要な特許ライセンス等を行うものです。例えばA,B,C三社が共同出資でS社を設立して、各自の特許をS社に集中させ、S社からA,B,Cや他の第三者にライセンスをするということです。S社は一種のジョイントベンチャーですから、設立について合弁契約書が出資者間で締結されます。特許を集中させるやりかたは、各自が保有する特許自体をS社に移転してしまうやり方もあれば、サブライセンス権付きのライセンスをS社に許諾し、S社はその権利をもとに再実施許諾を行うというものもあります。A.B,CとS社との間にこのような集中とS社からのライセンスのための基本条件を定める契約が締結されます。

*パテント・プールの充実

 集中される特許等は現在のものだけでなく,将来生じる改良特許や新規の発明も含ませることもできるでしょう。また、たとえば、S社からD社がライセンスを受ける場合に、D社からS社に新たに有益な特許のライセンス権が与えられるようになれば、パテント・プールの内容は充実してゆくでしょう。そしてこの場合、D社もS社の株式を取得して株主になるということもあるかもしれません。このようにして、パテント・プールの内容や構成員が増加・充実して行く可能性があります。

 複数の権利者が個々バラバラに特許等を保有している場合には、それらの技術を有効活用しようとしても個別の折衝が必要で、なかなかスムースに事が進まないことが多いと思いますが、パテント・プールであれば交渉はプール先とすれば済み、関連する複数の特許技術を統合的に実施できるようになって特許自体の利用価値も高まりますし、技術交流も活発になり、ひいては競争の促進にもつながるということです。

*特許・ノウハウライセンス契約ガイドライン

  「いただいたFAXからしますと、P社、Q社及び当社の三社の特許技術を組み合わせると、競合他社の追随を許さない製品ができるということですが、そうなるとこの製品が市場を席巻するだろうと想定されるわけですね。」

 「そうなんです。それで当社も全社的に力を入れている訳でして。」

 「こういう暗いご時世でこの新規事業のような明るい話題が出てくるのは,励みになりますね。ただ、留意が必要なのは、技術が優れていて市場での力が大きくなればなるほど競争秩序に与える影響を考えなくてはならないということです。社長さんがおっしゃっていたというのもこの問題が中心だろうと思います。この問題については平成11年7月に公正取引委員会が公表した『特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針』というガイドラインを検討しておく必要があります。」

*パテント・プールと不当な取引制限

 「具体的にはどんなことでしょうか。」

 「独占禁止法が禁止している行為のうちまず不当な取引制限ですが、これは同業者同志が互いに事業活動を制限しあって市場における競争を実質的に制限することで、典型的には入札談合のようなカルテルです。この観点から検討しますと、パテント・プール(先ほどのケースでS社)から構成員へのライセンスにおいて、構成員も知りつつ相互間の事業活動,例えば製品の販売価格,製造数量,販売数量,販売先,販売地域などを制限するようなことがありますと、不当な取引制限となる恐れがあります。たとえば、パテント・プールの設立契約で、Aは東日本、Bは中部日本、Cは西日本を販売地域とし、相互に相手方の地域に進出しないと取り決めたりするのは、不当な取引制限の問題になります。」

 「ウチの会社ではパテント・プールで特許が沢山集結すれば、こういうことがやりやすくなると思っているフシがあります。特許権者なんですから、ライセンス先に対していろいろ注文を付けられるのではないですか。」

*特許権と独占禁止法

 「確かに独禁法は21条で『この法律の規定は…特許法…による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない』と定めていますし、単独の特許権者から単独の事業者に対する特許ライセンスであれば、相手先に実施の区分や期間の制限、地域の区分を行うことは原則として適法と考えられています。しかし、特許権者ならばどんな制限を課しても許されるかというとそうではありません。公取委ガイドラインでは、特許『制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目的に反すると認められる場合』には独占禁止法が適用されると明言しています。そして、特許権者の行為であっても、それが私的独占や不当な取引制限の一環をなしたり、それらの手段だったりすような場合は、正当な権利行使とは言えないとされています。また、『外形上又は形式的には特許法等による権利の行使とみられるような行為であっても,行為の目的,態様や問題となっている行為の市場における競争秩序に与える影響の大きさも勘案した上で,個別具体的に判断した結果,技術保護制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目的に反すると認められる場合には,当該行為は「権利の行使と認められる行為」とは評価できず,独占禁止法が適用されることがあり得る。』としています。」

*パチンコ機製造技術パテントプールと私的独占

 「何だか、むずかしいですね。」

 「それから、パテント・プールの運用によって、私的独占、つまり『他の事業者の事業活動を排除し,又は支配することにより,一定の製品市場又は技術市場における競争が実質的に制限される場合』が生じ得ます。」

 「どんな場合ですか。」

 「実際にあった事件(公取委平成9年8月6日審決)ですが、パチンコ機を製造する甲社などがパチンコ機製造に関する特許権の管理を乙連盟に委託してパテント・プールしており,パチンコ機製造業者はそのパテント・プールのライセンスが得られなければパチンコ機を製造することが困難な状況にありました。ところが、そのパテント・プールでは業界への新規参入はさせない方針を採っており、第三者へのライセンスを拒絶していました。これが、私的独占に当たるとされたものです。先ほど説明しました不当な取引制限(=カルテル)や私的独占は刑事罰の対象にもなりますし、カルテルは課徴金も課されることになりますので、注意が必要です。」

*パチスロ機事件とパテント・プールの運用

 「なんだか、パテント・プールをやろうとするとガンジガラメで身動きが取れないような気がしてきました。」

 「いや、そんなことはないと思いますよ。要は適切な運用です。」

 「といいますと…」

 「東京高裁でごく最近判決の出た事件(東京高裁平成13年7月19日)は、パチスロ機の製造メーカーが形成していたパテント・プールに関する事案でしたが、そのプールの最大のメンバーであるX社が、前に説明しましたパチンコ製造技術のパテント・プールに関して公取委が私的独占に該当すると判断したことから、パテント・プールはまずいと主張して、プール契約の解除を主張しました。しかし、裁判所は、パテント・プール方式そのものが独禁法違反になるというものではなく、パチンコ事件では業界への新規参入を排除するという方針のもとでライセンスを拒絶してきたことが独禁法違反の理由であり、希望する第三者には合理的なライセンスを行うようにすればよい、と言っています。」

 「はあ。」

*G3プラットフォーム設立に関する事前相談

「それから平成12年12月に公取委から公表された事案で、世界各国の通信機器メーカー及び通信事業者19社が,次世代携帯電話の通信システムになる第3世代移動体通信システムの技術規格(3G規格)に関する特許権のライセンスのためのシステムとして,3G規格に必要不可欠な特許を有する複数の権利者が,パテント・プールを形成して統一的な条件によるライセンス契約によりライセンシーに必須特許をライセンスしようとする『3G特許プラットフォーム』を考案したということで、これが独禁法上問題ないか公取委に事前相談をしました。公取委は、『プラットフォームは,一律のライセンス契約とすることにより,特許権者とライセンシーが個々に行う契約交渉の経済的・時間的コストの負担を軽減することから,通信機器メーカー等による当該特許の利用を促進することになる。この結果,プラットフォームは,既存の通信機器メーカー等のみならず,新規参入しようとする通信機器メーカー等にとってもメリットをもたらすことによって,第3世代移動体通信システムへの新規参入を促し,競争促進効果を有するものであると同時に,関連市場における競争を制限するものではないと判断される。』としました。」

 「そうすると、当社の場合も新規参入希望者へのライセンスは必ずしなくてはならないでしょうか。」

*新規参入者へのライセンス拒絶

 「済みません。先ほどの説明はちょっと少し舌足らずでした。ライセンス拒絶が私的独占になるのは、その特許技術を使わないとその業界での事業活動が困難であるというほどに、当該の特許技術が必要不可欠なものになっている場合です。アメリカではこのような技術的なものも含めてエッセンシャル・ファシリティ(Essential Facilities)と言ったりします。」

 「そうすると、例えば生ゴミ処理機の分野で現在ほかにも有力な競合技術が複数存在していて、別に当社の考えているパテント・プールから技術供与を受けなくても別の技術で製品を市場に投入できるということであれば、当社のパテント・プールがライセンスを拒絶しても、構わないということになるのですか。」

 「そのとおりです。ただ、将来、こちらのパテント・プールに蓄積された技術が非常に有力なものになり、その技術なくしてはもはや生ゴミ処理機の製造が困難となるような状況になりますと、ライセンス拒絶は私的独占になりうるということです。」

*パテントプールとライセンス料

「それから、パテント・プールには初めに申し上げましたような技術価値の増大、相互活用の促進といった本筋での大きなメリットがあります。独占禁止法に反しない範囲で、そのようなメリットを最大限引き出すようにすべきだと思います。今回のパテント・プールでも、P社、Q社及び当社の特許技術を活用して業界でも抜きん出た新製品を発売できること、家庭用生ゴミ処理機という市場を考えると莫大な需要が考えられ、ライセンスビジネスとしても適正なライセンス料収入が得られる可能性があること、など、大きなメリットが考えられるのではないでしょうか。」

 「そうですね。」

 「この点で興味深いのは,先ほどご紹介しました東京高裁の判決の事案なのですが、原告X社はパテント・プールが独占禁止法違反の恐れが高いからプールは止めたと主張したのですが、実のところXはプールの最大メンバーであったところ、プールのライセンス料は非常に低廉に設定されていたため、Xとしてはプールを解消して個別に希望者に対してライセンスをする方式のほうが,より高額のライセンス料を得られるということが動機としてあったようです。X自身の提出証拠の中にそのような趣旨が書かれていて、裁判所もそのように認定しています。」

 「ライセンス料の設定も慎重にしなくてはならないですね。」

*新規ビジネルを巡る交渉と機密保持契約

 最後にLさんからの助言は、今回のような他社との事業交渉の場合には、業界に大きな影響をもたらしうる事項でもありますので、話の初めに機密保持契約を結んでおくべきだということでした。早速、会社に帰って社長に進言し、準備をしたいと思います。

************************************************************ 

 当社としてもう少し今回のパテント・プールでどのようなメリットを目指して,何をしようとするのか、良く検討してみたいと思います。そして、L弁護士の話にあった株主間の合弁契約、プール契約、サブライセンス契約など基本的な契約や運用方針についても、より具体的に相談しようと思います。

                                                                           (40話 おわり)

テクノ企業法務日誌バックナンバー

予防法務へ

Homeへ

©2002 Tsuneo Ohsawa. All rights reserved.