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                    テクノ企業法務日誌39                                弁護士大澤恒夫

ソフトウエアを巡る権利侵害問題にどう対処するか

*不況でも増加しているIT企業

 ITバブルの崩壊とかIT不況とか言われ、なんだかITはもうお終いみたいな言われ方をする昨今ですが、ところがどっこい、ソフト系のIT関連企業の数は依然として増えつづけていて、2001[平成13]年3月時点で全国で35,000以上の事業所があるそうです。特に地方での増加が目立つそうで、IT事業はいまでも確実に成長をしているようです。それは当然だと思います。なぜって、日本では諸外国と比べてもIT基盤の整備が遅れていると言われていますし、ITが国民の日常生活にとってますます重要なものになってきているのですから。

 で、当社もソフト開発のベンチャー企業で売上を伸ばしてきているのですが、いま開発中のソフトのことでモメゴトが起こってしまいまして・・・・

*企業内ソフト不正コピー事件

 いま当社で開発中のソフトは、最近、企業内で不正にソフトをコピーして使用していた事件が話題になっていますが、企業自身がそのような不正コピーを防止するために効果的な管理が行えるようにするためのソフトです。聞く所によると、マイクロソフト、アドビなど主要な米国ソフトメーカー等が1988(昭和63)年に設立し、現在では日本のソフトメーカー等も参加している「ビジネス・ソフトウェア・アライアンス」(BSA)という組織が、企業内での不正コピーの監視活動をしており、内部告発に対して報奨金を出したりして不正コピー情報を発掘しているということです。

 いま開発しているソフトのプロジェクトを立ち上げるときに、不正コピー事件について当社として調べてみたことがあり、ついでですから簡単に紹介しておきましょう。

*1億円超の和解金が支払われた99年の事件

 1999(平成11)年6月に報道された事件は、京都府のメーカーが社内で大量の違法コピーソフトを使っていたことが発覚し、最終的に和解で解決をしたものの、和解金は1億円超に上ったというものでした。和解条件は以下の6点だったそうで、かなり厳しいものがあります。

 @ 違法コピーソフトを全面的に廃棄処分すること

 A 正規のソフトを購入すること

 B 和解金1億円超を支払うこと

 C 今後、違法コピーをしないよう社内管理を徹底すること

 D 将来違法コピーが再発した場合には、正規品価格の2倍の金額を支払うこと

 E 社内におけるソフト使用状況をBSAが監査することを受忍すること

*内部告発から発覚する

 一般に企業では本社の各部門や支店、営業所などたくさんの組織や人員で運営が行われていて、しかも昨今の不景気で経費の切り詰めで、パソコンは導入したものの使用するソフトはどうせ同じなんだからコピーして使えば安く済む、というようなメンタリティでつい不正コピーをしてしまうということがあるのだろうと思います。あるいは、もっと根本的に考えると、際立った物理的な存在感のないソフトというものに対してお金を支払うという考え方がまだまだ浸透していない、という側面もあるだろうと思います。

 で、どうして企業の内部で行われている不正コピーが外部に発覚するかといいますと、それは会社に不満を持つ従業員、元従業員、取引先、流通業者などがBSAの呼び掛けに応えて告発をするというパターンが一番多いようです。

 新聞報道等に現れない事件でも、結構BSAの摘発を受けている企業があるようです。

*突然行われる証拠保全

 内部告発が行われてそれなりに信憑性があれば、BSAは迅速に違法コピーの証拠を確保するために裁判所に申立を行って、証拠保全の措置を講じます。あらかじめ相手方に知らせずに現地に赴いてパソコン等の提示を命じ、ソフトのインストレーションの状況などを検証する訳です。それで確たる証拠が握られてしまいますから、違法コピーをやった企業はグーの音も出ない訳です。

*東京地裁2001(平成13)年5月16日判決の事件

 今年5月に東京地裁で判決のあった事件は、東京の司法試験などの指導をしている大手法律予備校が大量の違法コピーをしていたという事件でした。証拠保全で219台のパソコン中、時間の制約があって136台が検証されたようです。この予備校には全国に31の校舎や事務所があるようですが、証拠保全が行われたのは本校舎だけでした。被告の予備校は証拠保全が行われて、正規のソフトを購入して使うようになりました。この事件の争点は幾つかありました。

*差止請求は?

 原告のマイクロソフト、アドビ、アップルは、被告の違法コピーの態様が悪質だったとして、ソフトの差止請求をしました。しかし、裁判所は、被告が現在は正規品を使っていて、今後違法コピーが継続される恐れは解消したのだから差止は認められるべきではないとしました。

*何が損害と考えられるか?

 原告が求めた賠償額は1億1500万円弱でした。これは、被告が不正コピー品を使って収益を上げたことや不正者に事後的に請求できるライセンス料は2倍以上であるべきとの考え方、さらには本校以外の校舎等で想定される違法コピーを勘案しての主張でした。

 これに対して被告の予備校は、現時点では正規品を購入して正規のライセンス料を支払っているのだから、ソフトメーカーに損害は生じていないと主張しました。裁判所は、違法コピーが行われた時点で本来ユーザーが支払わなくてはいけなかった正規のライセンス料相当額を損害額としました。弁護士費用分と併せて約8500万円ほどが損害として認定されました。(この事件は現在控訴中のようです。)

*不正コピーは正規使用の最低2倍のコスト

 いずれにしても不正コピーをした場合には、正規品を購入するコストのほかに、不正コピーによる損害賠償として最低でも正規品相当額を賠償しなくてはならないわけですから、結局、はじめから正規品を使っている場合より2倍以上のコストが掛かることになります。

 ですから、多数のPCを使う企業は不正コピーが起こらないように予防することが、一番コストが掛からない方法だということになります。

*もめているソフト開発

 さて、前置きが大分長くなってしまいました。いま当社がモメゴトに巻き込まれているソフト開発の件ですが、じつはこのソフトの開発については当社だけでの開発には時間が掛かりすぎるため、A社に開発委託をし、A社はさらにP社に再委託をしました。

 当社とA社との開発委託契約の内容は
  @ 当社からA社に本件ソフトの開発委託をし、A社の作業範囲は要件定義、設計、プログラミング及び検証とする。

  A   当社はA社に開発の対価として総額1000万円を支払う。

  B   当社はA社からP社への再委託を了承する。

  C   本開発から発明等が生じた場合に、当該発明が各当事者の従業員の単独発明の場合は発明者の帰属する当事者に帰属し、各当事者が共同で行った場合には当社、A社及びB社の共有とする。ただし、販売権は当社に帰属する。

  D 成果物の所有権は、当社が委託料をA社に支払ったとき、A社から当社に移転する。ただし、成果物中、同種の成果物に共通して利用されるノウハウ、ルーチン、モジュール等に関する権利はA社に留保され、A社はこれらを利用して類似の成果物を作成することができる。

*部分成果の納入と利用

 このような契約のもとで開発が始まったのですが、どうP社での開発の進捗が思わしくなく、スケジュールは遅れていますし、何回か納入されたβ版を検証したのですが、不具合が多く、全体として検収することはできません。そこで、苦肉の策として、今回のソフトの一番重要な、オンライン上で各PCにインストールされているソフトの名称、バージョン等を管理できる機能の部分だけは、とにかく早く仕上げて何とか先行発売をしたいと考えまして、その作業を急がせオンライン管理機能部分のβ版の納入をしてもらい、現在検証をしているところです。これまで、当社はA社に開発費の一部200万円を支払っていますが、オンライン管理機能部分が検収できればあと300万円を支払うとA社に申し入れました。こちらも大分迷惑を受けていますが、残りの500万円は全体が検収できたところで支払うと言ってあります。

*P社のクレーム

 ところが、A社によると、今回の開発は思った以上に難しくて、再委託先のP社がこれまでこの開発に2000万円以上の人件費を費やしてしまっており、500万円では困る、P社としては何とか契約金の増額と取り合えず1000万円の支払いをしてもらえないか、と言っているということでした。しかし、契約は契約なので、1000万円で全体の開発をするという約束で始めたことで、今更委託料を増額しろとか、中身もまだ半分程度で1000万円支払えとか言われても、ハイそうですかと応じるわけには行きません。

 それで急遽、A社、P社と当社の三者で協議をしました。しかし、P社は2000万円以上掛かっているから少なくとも2000万円は貰いたいの一点張りで、話しは進展しません。終いには、P社の社長は「おたくが委託料の増額をしてくれないのなら、もう開発はできない。それに今の委託料も全額貰っていないからこれまでの開発ソフトの権利はウチにある。β版も使わないで頂きたい。」と強硬に主張し、A社もなんだかP社サイドに立って「なんとか増額して、今の時点で1000万円は支払ってやって頂けませんか」と言う始末でした。

*L弁護士に相談

  P社の強硬な申入れに驚きまして、どうしたものか思案をしたのですが、丁度、以前知人から紹介されていたLさんという弁護士のことを思い出しまして、Lさんに相談してみることにしました。L弁護士の事務所は郊外の幹線道路からちょっと入った住宅地の一角にあり、そのこじんまりとした会議室に通されると左右の書棚はあふれるばかりの法律書で埋まっています。

 「…という経過でして、P社にとって当社はお客さんのはずで、全くけしからん態度です。向こうが途中で約束を守らずに仕事を放棄したんですし、中途半端な仕事にも200万円は支払い済みですから、ウチとしてはβ版のソフトの一切の権利は当社に帰属すると考えて、あとは当社で必要な手当てをしてソフトの販売に踏み切ろうと思い、先方にLさんの方からそういう手紙でも書いてもらおうと思って…」

*契約の不履行の側面

  「ちょっ、ちょっと待ってください。今回のもめごとは意外に法的に難しい問題を含んでいて、単純に割り切った議論はできません。確かにP社、それからA社は契約で定めた期限が来ても対象のソフトを完成していないという側面だけを捉えれば、A社に履行をせよと催促をして、それでも履行されなければ債務不履行による契約の解除をするという方法が考えられるでしょう。」

 「でもそうなりますとβ版のソフトはどうなるんですか。」

 「契約解除になれば、β版ソフトはA社に返還し、当社は支払い済みの200万円の返還と損害賠償を要求するということになりますね。」

 「当社はβ版は使えないんですか」

 「この契約書では『成果物の所有権』と書いてあって、この条項自体、適切ではないようにも思いますが、いずれにしても委託料を支払って始めて権利が移転することになっていますので、当社が委託料を支払わなければβ版であっても当社に帰属させるのは難しいかと思います。」

*ソフト開発委託における権利の帰属

 「でも、今回のソフト開発の基本的なアイディアは当社が出しているので、当社に権利があると思うのですが…」

 「そこが難しいところです。ソフト開発のうちアイディアを紡ぎ出すプロセスについては、発明と評価されるものは特許法での保護の問題になります。最近、ソフトウエア関連発明も沢山特許登録されるようになっています。ただ、そのアイディアが新規のものであり、かつ、公知になる前に特許出願しなくてはなりません。本件ではその手続は踏んでいますか」

 「いや、あの、それはしていません。」

 「次に、著作物としてのソフトという側面を考えてみますと、著作権法上、誰が著作権者かという問題になります。本件で基本的なアイディアを出したということですが、具体手的なソフトそのものの設計・プログラミング等の作業は誰が行っているのですか。」

 「それは基本的にはP社のエンジニアで、時々当社の社員も進捗を見ながら指示をしています。」

 「そうなると、やはり当該の著作物としてのβ版の創作行為をおこなったのはP社の従業員で、β版の著作権はP社に帰属するということになると思われます。」

*最近の裁判例

 L弁護士によると、最近大阪地裁で同じような事件の判決があったということです(大阪地裁平成13年3月27日判決)。その事件では珠算学習用のソフトウエアが開発の対象になっていたようですが、開発途中で委託者と受託者側がもめて、結局契約解消となったようですが、委託料が全額支払われていない以上、当該ソフトの著作権はいまだに受託者側にあり、委託者には移転していない、と判断されたということです。それで、委託者側が発売したソフトが受託者のオリジナルの著作権を侵害していると判決されたということです。

*では、どうするか?

 「でも、そうしたらLさん、当社はどうしたらいいんですか?」

 「契約を解除して、改めて別のソフトハウスに開発委託をし、余分に掛かった費用や開発遅れによる損害の賠償をA社に要求する、という方法も考えられるかも知れませんが、A社には賠償金を払う財力はありますか」

 「いや〜、今はどこも苦しい経営をしていますし、ソフト開発業はそんなに財産も持っていないところが多いですから。それにA社との信頼関係はできれば維持して行きたいし…」

 「そうでしょうね。それから、今回の開発がてこずってP社の費用がかさんでいるというのは、P社の能力が低かったり杜撰だったりしたことが原因ですか。」

 「いや、実のところは多分、開発の内容自体が始めてみたらかなり大変だったということも正直なところあったと思います。当社が信頼しているA社もそのように言ってました。」

 「見積りの見こみ違いで、良くある話ですね。そうすると、改めて本件の開発を別のソフトハウスに委託しても、結果は同じで、費用も相当に掛かるだろうと想定されるわけですか。」

 「まあ、そうですね。それに今から別のソフトハウスに委託するとしますと、また最初からの作業になって、相当に時間が掛かります。ですから、できればβ版を使いたいと思いまして…」

 「つまり、今回P社やA社が申し入れてきていることにも、あながち不合理とばかりはいえない側面もあるということだと思います。そういう側面からもう一度話合いを良くして、双方にメリットのある解決方法を考えて見ませんか。」

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  L弁護士にこう助言されて、もう一度冷静になってA社、P社と話合いをすることにしました。そこで話合いがまとまれば、今後争いが生じないように、Lさんに合意の内容を適切に文書にしてもらうことにしました。

                                                               (第39話おわり)

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