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         同席調停を前提とした調停申立と応答のあり方について     弁護士大澤恒夫

 大阪の研究会で井垣判事がフィクションの離婚紛争の設例(結婚して20年になる夫婦で、夫の浮気の疑念から妻が離婚を要求するようになったとうもの)による宿題を出されました。宿題といいますのは、その事例をもとに、同席調停を前提にした調停申立書を作成するとしたら、どのような内容のものが良いのかを考えて、具体的に申立書案を作成しなさい、というものでした。私は以下のような案を作成して提出しました。

 従来の私自身の弁護活動を振り返りますと(現在でも同じことが言えるかもしれませんが)、非常にパルチザン(党派)的で、申立書(あるいは訴状)を書く場合にも、依頼者から聴取した内容から相手方の悪さかげんを強調して、これでもかというくらいに非難するようなものになることが多かったのです。これでは同席での話合いを最初からぶち壊すようなものになってしまします。そこで、同席での話合いをFacilitateすることを目標に作成してみたのが、以下の申立書案です。

 このなかで1つのポイントは、基本的にYou-Message(=「お前が悪い!」)ではなく、I-Message(=「私は悲しかった」)を使うということです。I-Mesaage、You-Messageというのは交渉学などでも使われる言葉で、ここでは相手を非難するのではなく、自分がいかにつらい思いをしたかを相手に伝えるということを主眼にするために使います。


調停申立書案

1、申立人と夫は昭和○○年○月に婚姻し、これまで20年の間、婚姻生活を送ってきました。その間、長男(17歳)、長女(14歳)及び次男(11歳を)設け、昭和□□年には念願の一戸建て自宅を建て、一家5人で暮らしてきました。申立人は夫を愛し、上記のように3人の子供も設け幸せで楽しいことも多かったのですが、後述のように申立人は妻として大変悲しい思いをすることもありました。

2、夫は会社支店長という要職にありますが、性質上女性の多い職場に勤務しています。申立人は最近10年間パート勤めをしています。家族生活の経済の主要部分は夫の収入に頼ってきたのであり、この点申立人は感謝しています。申立人も主婦として家族生活を支え、またパート収入を家族の生活費の一部や福利更生に充ててきました。

3、申立人は、夫を愛し毎日の食事や体のことを心から心配してきましたが、夫は毎晩帰宅が遅く12時を回ることも多く、家族と夕食を囲むのは休日だけのことが多かったのです。これらの事情や、前記のように女性の多い職場に勤務していることから、夫が女性と親しく交際して夜遅いのではないかと考えるようになり、深い寂しさや悲しさを感じるようになりました。

4、申立人はこのように深い悲しさや寂しさから、つい夫に女性関係の疑いなどの愚痴を言ったことがあります。しかし夫は十分に申立人の気持ちを理解してくれず、女性関係についての釈明も十分にしてくれませんでした。そこで更に悲しみが深まって思い詰めると、強い怒りが込み上げてくるようにもなりました。このようなことから夫婦喧嘩に発展してしまったこともあり、その過程で身体に傷を負ったこともあります。申立人としては女性関係を疑う思いが募り、これまで夫が8人の女性と男女関係を持ち、現在でも1人の女性と関係があるのではないかと思い、深い悲しみに沈んでいます。

5、このような経過から申立人は8月2日、思い余って長女及び次男を連れて家を出てしまいました。長男は大学受験を間近に控えていることから、夫の元に置いてきましたが、いつもどおり生活しているか心配しています。長女及び次男は電車で従前の学校に通っており、通常どおり生活しています。

6、当代理人が聞いている範囲では、申立人は現在のところ離婚を望む気持ちが強いのです。また、今後の生活に対して大きな不安も抱いています。

7、当代理人としては、本件夫婦間にはこれまで冷静に心を打ち明けって話し合いをする機会が少なかったのではないかと思っています。今回の調停で、夫と申立人が同席にて直接、相互にこれまでの実情や気持ちを伝え合い、今後の生活について冷静かつ十分に話し合う機会がえられることを願っています。調停委員会におかれても適切なご配慮を下さるようお願いしたいと希望いたします。


相手方としての応答(試案)

1、婚姻の経過等は基本的に申立の実情のとおりです。相手方としても、これまでの婚姻生活で楽しいことも辛いこともありました。現在の気持ちとしては、冷静に話し合う機会を得て、反省すべきは反省し、また自分自身のことも妻に知ってもらいたいと思っています。

2、相手方は性質上女性の多い職場に勤務していますが、部下と女性として交際をしたことはありません。妻のいう女性関係はいずれも誤解であり、この点については調停の場で直接詳しく説明をしたいと思います。

3、妻の気持ちを十分に理解していなかったことは確かにあり、反省しています。相手方としては、妻も相手方の話を十分に聞いてくれずに女性関係を断定して、怒りをぶつけたこともあり、話しても無駄だという思いになってしまいました。毎晩帰宅が遅いのは、支店長という責任ある役職にあって、会社の内外にわたって仕事を終えるまで時間を要するためです。仕事の成績を上げなければいつリストラの対象とされるかもしれない状況にあります。何よりも家族の幸せを願っているので、失職だけはどうしても避けたいと思います。理解をして欲しいと願っています。

4、妻が家を出てからも長男はしっかりと通常どおりの生活をしています。ただ、妻や兄弟のことを心から心配しており(この点は相手方も同様である)、受験勉強にも影響がないとは言えないと思います。

5、相手方としては現在離婚を望んではいません。前記のように今回話し合いの機会を得て、何とかもとのように家族5人での生活に戻りたいと考えています。

  同席調停の方式で話し合いを進めていただきたく、相手方代理人としてもご配慮をお願いしたいと思います。


弁護士の役割等について(私ならこうしたいという点も含め)

1、離婚を強く望む依頼者から「離婚をするための手続をやってほしい」と相談を受けた場合、弁護士はまず、相当の時間をかけて実情を聴きます。証拠となるものがあればそれもあわせて見ます。

2、その上で、まず当事者間で話し合いができないか確かめます。話し合いができるようであれば、それを勧めます。

3、どうしても当事者では話ができないという場合には、私が立ち会うので、相手方同席で話し合いをして見ないかと勧めます。なお、(別席)調停が不調に終わってから相談にくる依頼者もいますが、その場合でも更に同席で話し合いをして見ないかと、勧めます(調停不調後に相談があったケースで、相手方代理人の了解も得て、双方の弁護士事務所を交互に使って同席での話し合いを重ねて解決したことがあります。)。

4、依頼者が同意し、かつ、相手方も応じる場合には、調停前に(事案によっては調停不調後に)事実上の同席話し合いを試みます。その際、依頼者Aから依頼を受けている弁護士としての私は、Aと相手方Bとの話し合いの中で、どのような役割を演じるべきでしょうか。私は、依頼者Aから事件の費用の支払いを受ける関係になります。しかし、同席話し合いで、私がAのパルチザン的代弁者としてBと交渉をするというパターンでは、何の為の同席話し合いか分からなくなるのは自明です。では、中立的調整者(小島武司『展望 法学教育と法律家の将来』)としての役割を果たすべきでしょうか。調停者としてレビンさん方式のコントロールをしつつ当事者間の対話を促進し、当事者自身で解決を見出すことを期待すべきでしょうか。しかしそれでは、Aから相談と依頼を受けた弁護士として、相談=依頼の趣旨に反するのではないでしょうか。同席対話の中で法的事項についてAから助言を求められた場合、弁護士である私はAに助言をしなくてはならないでしょう。しかし、同様にBからも法的事項についての質問があった場合(そして特にその想定される回答内容がAに不利益な内容である場合)にはどうすべきでしょうか。もっとも相手方Bにも代理人がついている場合は、私はAにのみ助言すれば良いことになります。また、双方に代理人がついているケースで事実上の同席対話ができる場合は、双方代理人が調停委員的な働きをすることもできるかもしれません。その場合でも前記の疑問[つまり片方の当事者の依頼を受けておりながら中立的調整者の顔をしてよいのか]が解消するわけではありません。やはり、片方の当事者の依頼を受けて始まった事件である以上は中立的調整ではなく、裁断説得型の同席交渉を依頼者サイドに立って行うというのが偽らざる姿なのかもしれません。

 だとすれば、弁護士が調停や訴訟になる以前に事実上の同席調停を中立的調整者として運営するためには、相談を受けるはじめの段階から相談者に中立的調整の趣旨をよく説明し、納得を得た上で行動する必要があるのではないでしょうか。しかし、その場合、費用の支払いは誰から・どのタイミングで受ければよいのか、という問題が生じます。弁護士会の仲裁センターのような独立組織で同席調停が安価迅速に行われるようになれば、あえて弁護士が相談を受けた段階で自らが中立的調停者たろうと思う必要はないのかもしれません。

5、当事者の了解が得られないために事実上の同席話し合いができない場合には、調停申立をします。その際、申立書に同席調停の希望を記載します。同席調停による解決を考える以上、井垣判事のおっしゃるように、申立書の内容は、相手方を悪し様に描写するようなことは避け、できるだけ依頼者自身の悲しみや寂しさ、心の傷などを訴えかけるようにするのが良いと思います。この点で同席調停の理念は弁護士の申立実務にも大きな変革を迫るものです(申立だけでなく、裁判前の事実上の同席対話による解決を目指す場合、最初の相手方との接触の段階[従来は攻撃的な姿勢をあらわにすることが多かったのですが]でも相当の注意が必要になります。)。もっとも、本件の設例では依頼者が離婚を強く希望しているが、「申立書」試案では「代理人の聞いている範囲では申立人は現在のところ離婚を望む気持ちが強い。」という言い方をしてみました。しかし、これでは依頼者の依頼の趣旨に沿っていないのではないかという不安もあります。実際、訴状や申立書で被告や相手方の悪さ加減を徹底的に糾弾して欲しいという要求をする依頼者はいます。私ができるだけ客観的な表現に心がけると、そのことに苛立ちを表明する依頼者もいます。

 

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