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企業法務便り――現場からのリポート6

大澤恒夫

知的財産の活用と最近の最高裁判決―債権担保としての特許権をめぐって

 

■知的財産戦略と「知的創造サイクル」における「活用」

「我が国産業の国際競争力を強化し、経済を活性化していくためには、研究活動や創造活動の成果を知的財産として戦略的に保護・活用していくことが重要」という認識の下で知的財産戦略会議が立ち上げられ、平成14年12月に知的産基本法が制定されたことは皆さんご存知のとおりです。この法律は「・・・我が国産業の国際競争力の強化を図ることの必要性が増大している状況にかんがみ、新たな知的財産の創造及びその効果的な活用による付加価値の創出を基軸とする活力ある経済社会を実現するため、知的財産の創造、保護及び活用に関し、基本理念及びその実現を図る・・・」ことを目的としています。この「創造」と「保護」と「活用」は相互に循環するもので、知的財産が保護され活用されることで、いっそうの創造が促される、そして保護も活用も進むということになります。さて、ここで「活用」というのは、もちろん特許技術の実施やソフトウェア、デジタルコンテンツなどエンドユーザーによる利用がなされ、収益を生むということももちろん重要ですが、それだけに限りません。たとえば、技術開発企業が(不動産資産などはないが)知的財産を担保に資金調達をして、ビジネスの展開を図るということも、「活用」の重要な場面です。しかし、金融機関は「不動産」ならばこれまでいろいろな経験やノウハウも蓄積しており、適正な評価や権利実行の在り方などを踏まえて企業の資金調達に取り組むことができると思いますが、「知的財産」についてはどのように考えたらいいのでしょうか。

 この点に関連して、金融機関が特許権に質権の設定を受け融資をした事案について、静岡地裁、東京高裁での判決についで、最高裁で破棄判決がなされた事件がありますので、ご紹介しながら、幾つかの点について考えてみましょう。

■静岡地裁平成15年6月17日判決

 X信用金庫がP社に貸付をしましたが、その際担保としてP社の特許権(道路橋梁工事の工法に関するもの)に3億6000万円の質権を設定しました。しかし、特許権の質権設定は特許庁に登録しませんと効力が生じませんので、X金庫は当然、質権設定の登録申請をしたのですが、特許庁の何らかのミスで、X金庫の質権登録がなされる前に、第三者Q社へ特許権が譲渡されてしまい、Xの登録申請後になされたQ社への移転の登録がなされてしまいました。そして、P社も倒産してしまい、X金庫はP社から貸付金の回収ができませんでした。そこで、結局、X金庫はその質権の実行もすることができずに貸付金を最終的に回収できなくなった、それは特許庁(=国)の責任であるとして、国家賠償法に基づいて3億6000万円の賠償請求訴訟を起こしました(便宜上、事案を簡略して説明します)。

この事件について第1審の静岡地裁はまず、X金庫の質権登録がなされなかったのは特許庁の人為的な過誤、すなわち、国家賠償法にいう過失があったものと推認せざるを得ないとしました。そして、Q社への特許権移転登録の時点でX金庫の質権は喪失されたことになり、その時点での質権の価値を失ったことがX金庫の損害だとしました。被告(=国)はX金庫の損害の算定時期は本件質権を実行できた時期、つまり早くともP社が倒産した時点以降である旨主張しました。P社倒産の時点では本件特許権による事業化が断念されて特許自体も何らの価値のないものになっていたというのが国の主張でしたが、静岡地裁は採用しませんでした。

 そして裁判所は、「本件質権の価値」について、本件特許権はP社等が事実上倒産し、その事業化を断念するといったという状況の変化があったために無価値になったが、それは結果論にすぎず、Q社が本件特許権を譲り受けた時点では、そのような事態は予測されておらず、かえって事業化の見通しがあり、将来性と発展性が期待され、商品化が有望視されていたという点を重視して、Q社に本件特許権等が譲渡された代金額4億円のうち少なくとも3億円部分が本件特許権の対価と認めるのが相当だとしました。

■不動産の担保評価と特許権の評価

そして担保評価の判断に関して裁判所は、「不動産担保の場合、通例、その担保価値は当該不動産の時価の7掛けないし8掛け前後の評価で算定することが多いところ、これは、不動産の担保権実行による場合の困難性、非効率性、低廉性等の理由からきている取引社会の要請と解される。しかし・・・特許権担保の場合は、その価値が不動産担保のときよりも不安定であり、かつ、市場性に欠け、換価も容易でないと予想されることから、評価は更に下回ると考えられる。それゆえ、当裁判所は、特許権担保(質権)における当該特許権の担保権(質権)自体の価格は、控えめにみて当該特許権(所有権)の6割と評価するのを相当とする。」としています(本件質権の価格は3億円×0.6=1億8000万円と判断されました)。 

■東京高裁平成16年12月8日判決

 この第1審判決に対して、控訴審の東京高裁は、仮にX金庫への質権登録がQ社に対する移転登録に先立って行われていたとした場合、Q社はそもそもP社の特許を買い取ったかどうか分からないし、3億円が本件特許権の対価として合意されたかどうか認定しがたいとしました。そして、「本件質権が、本件移転登録に先立ち正しく登録されていたとしても、被控訴人〔X金庫〕が、本件質権に基づいて、その被担保債権の弁済を受けることが可能であったともいい難い」と判断し、結局X金庫の損害を認定できないとして、第1審判決を取り消し、X金庫の請求を棄却しました。このように控訴審ではX金庫が敗訴してしまったのです。

■最高裁判所は平成18年1月24日判決

 しかし、今年になって最高裁判所は以下のように述べて、控訴審判決を破棄し、東京高裁に差し戻す判決を下しました。まず、X金庫は、特許庁の担当職員の過失により、本来有効に取得することのできた本件質権を取得することができなかったものであり、X金庫の損害は賠償されるべきであるとしました。そして、X金庫の損害額は、「特段の事情のない限り、その被担保債権が履行遅滞に陥ったころ、当該質権を実行することによって回収することができたはずの債権額というべき」であり、本件では、P社が銀行取引停止処分を受けて期限の利益を喪失した時点で履行遅滞に陥ったものと認められ、そのころに本件質権を実行することによって回収することのできたはずの本件債権の債権額がX金庫の損害額というべきである、としました。具体的には、P社が履行遅滞に陥った時点での「本件特許権の適正な価額」から「回収費用」を控除した金額が損害額であり、「特許権の適正な価額」は「損害額算定の基準時における特許権を活用した事業収益の見込み」に基づいて算定されるべきものである、としました。そして、最高裁は本件の一連の経過からして、「本件特許権は最終的には事業化に成功せず消滅するに至ったが、本件債権が履行遅滞に陥ったころには、事業収益を生み出す見込みのある発明として相応の経済的評価ができるものであったということができ、本件質権の実行によって本件債権について相応の回収が見込まれたものというべきである。」としました。結局、P社が履行遅滞に陥った時点で、本件特許権をベースとした事業収益の見込みがどのようなものであるのか、が今後の焦点になるということです。

■特許権担保の評価と事業収益の見込み

 本件の控訴審判決のような認定がなされるとなると、金融機関はおそらく、担保設定の時点で価値があると思われる特許権でも、担保に取りにくいと考えるようになるのではないでしょうか。これに対して第1審の静岡地裁判決では、特許権が譲渡された際の代金額をベースとし、不動産担保との比較から、不動産では価格の8掛け程度であるものの、特許権は「不安定であり、かつ、市場性に欠け、換価も容易でない」などのファクターがあるとして、6掛けの評価をしました。この評価も分かりやすいのですが、なぜ6掛けなのか(例えば、市場性なしなどを考えると、もっと低いのではないかと言われたとき、どのように答えるのか)、本件ではたまたま譲渡がなされ代金額がはっきりしていたのでそれに取っ掛かりを得ることができるかもしれませんが、譲渡がなされず元の特許権者に留まっていたらどのように評価するのか、最高裁が言うように、P社が履行遅滞に陥った時点ではじめて担保権として意味が生じるのだから、履行遅滞時の評価をすべきではないのか、といった問題点がありましょう。貸付先が履行遅滞に陥って金融機関が担保実行をなしうる時点での担保物の評価額が損害であり、具体的にはその時点での特許ビジネスの収益見込みにより算定すべきだとする最高裁の考えは、コンセプトとしては非常に分かりやすい感じがしますし、金融機関も基本的な考え方として理解しやすいのではないかと思います。しかしよく考えてみますと、「損害額算定の基準時=履行遅滞時における特許権を活用した事業収益の見込み」というのは、具体的にはどのように算定したらよいのでしょうか。これはなかなか困難な課題です。

■特許権の活用をめぐる困難と期待

 不動産の場合も、最終的には担保実行時点での価値が問題になりますが、不動産の場合は転売が可能であるのが一般ですし、転売時の適正評価も概ね社会的了解が成り立ってきていると思われます。不動産を活用した事業収益シミュレーションも比較的行いやすいでしょうし、それに基づいて市場価格も決まってくるでしょう。しかし、特許権の場合はどうでしょうか。特許権はそれ単体ではなかなか事業化できるものではなく、実施ノウハウなどを含めて他の技術や施設、人的資源、事業化資金の投入などと組み合わせなくてはなりません。そのようなリスクを負担する事業者がいて初めて、事業計画を立てることができるでしょう。事業者は、当該の特許権を実施することによる製品なりサービスなりを市場が受け入れるか、そしてプロフィットを生む価格で販売できるか、予測をしながら計画を立案するでしょう。「事業収益の見込み」はこのようにして立てることになりますが、このような多様で不確定なファクターの組み合わせが必要なため、立案は簡単ではないはずです。不動産の場合は、事業化方法(たとえばテナントビルとして運用する、など)や事業化の可能性(当該地域におけるテナントの需要予測など)が比較的検討しやすいのですが、知財の場合はなかなか難しい訳です。

 もっともこのことはひるがえって考えてみますと、金融機関が知的財産の担保取得時に常に考慮しなくてはならない事柄です。本件ではたまたま特許庁の過誤による登録ミスという問題が介在するという稀有な事案ですが、ここで議論の的となっている特許権評価は、金融機関が知的財産を担保に貸付を行う場合に、つねに問題となる課題のはずです。そして、特許権などを活用する事業が活発になり、技術と事業家とのマッチングがよりよく行われるようになれば、次第に市場が開かれてきて、不動産と同様に収益シミュレーションなどがやりやすくなることも考えられるのではないでしょうか。また、このような市場が開かれてくると、知的財産の信託事業も円滑に進展するのではないかと思います。

 ご紹介した最高裁判決により差し戻された東京高裁での裁判で、今後どのような展開がなされるのか、さらに注目したいと思います。

 

(おわり)

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