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企業法務便り――現場からのリポート5

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交渉ということ(その5―完)

■光陰矢のごとし――大学間交渉コンペ

 「交渉ということ」の連載を始めさせていただいて、もう1年が過ぎてしまいました。初めのレポートでご紹介しました「インターカレッジ・ネゴシエーション・コンペティション」も回を重ね、2005年12月3日、4日の2日間にわたり、全国主要大学(大学院)14校(205名)を主役に内外の研究者や実務家(裁判官、弁護士、企業法務担当者など)が審査員として参加し、上智大学を会場に第4回競技会が行われました(詳しくはhttp://www.osipp.osaka-u.ac.jp/inc/index.htmlをご参照ください)。今回は外国からオーストラリア国立大学が参加し、しかも日本語での仲裁と交渉にチャレンジしました。1日目は、大規模リゾート開発に関する国際取引にからんだ紛争について模擬仲裁が行われ、また、2日目には大規模発電施設建設に関するビジネスをめぐる模擬交渉が行われました。二日間にわたる競技審査の結果、京都大学が初優勝をとげ、過去3年連続優勝をした東京大学を破りました。私は前回に続いて審査員として参加させていただき、学生諸氏ともども大いに勉強させていただきました。大学間交渉コンペが世界的に活躍できる優れた交渉実務家を日本で育成しようという大きな目標に向かって着実に成果をあげ、「交渉の時代」に重要な役割を果たす人材が輩出することを大いに期待しております。

■ 楽天・TBS交渉

 この連載ではUFJ・住友信託の事案やライブドア・ニッポン放送の事案といった交渉をめぐる事件を紹介してきましたが、最近また交渉が大きな話題となった事案が加わりました。楽天・TBSの事案です。両社は20051月から提携交渉を行っていたということですが、楽天はTBSへの事前の連絡なしに大量のTBS株を取得し、その上でTBSに対して経営統合を提案しました。TBSはこれに反発して協議を拒否し、提携交渉はこう着状態になっていましたが、11月にみずほコーポレート銀行の仲立ちで、両社が資本・業務提携に関する協議を行うことで合意したことが報じられました。報道によれば、その合意の骨子は次のようなものだったということです。

 @楽天は経営統合の提案を、いったん取り下げる。A放送とインターネットの連携を実現するため業務提携委員会を発足させる。B協議の期間中、楽天は保有するTBS株の比率を19・09%から10%未満に低下させる。これを超える株については、みずほ信託銀行に信託し議決権を凍結する。C楽天のTBSへの出資比率などについては、両社で協議する。D協議期限は平成18年3月末とするが、延長できるものとする。

 ライブドアの事案も楽天の事案も、放送とインターネットの連携・融合という時代の最先端を行く重大な課題への取り組みにかかわるもので、新参の若い企業が巨大メディア企業にチャレンジする構図からしても、非常にハードなものにならざるを得ないことが想像されます。これらの諸事案の経緯の中に交渉をめぐる理論的観点から興味深い事柄がありますので、今回はこれを見てみたいと思います。

交渉とゲーム理論

私たちは、個人も企業も社会において相互に依存しながら生活し運営されています。そのような相互依存の関係にある人々の間で何か問題あるいは課題が生じた場合、相手方への働きかけによって解決を図ろうとますが、そのとき一方の当事者は相手方の心や行動を読もうとし、他方の当事者(=相手方)も同様に一方当事者の気持ちや行動を読もうとします。そのようなお互いの「読み合い」がお互いの行動に影響を与え合います。交渉の場面において人々は、そのような読み合いによる影響を受けつつ、自己・自社を取り巻く状況も認識しながら、お互いに最善を尽くし合おうとするでしょう。連載のはじめに述べましたように、交渉は「思いどおりにならない他者」との関係形成のための活動であり、そこにおいては交渉者は自分のことだけを考えていてはだめで、相手のことを常に考えなくてはなりません。そのような人々の相互依存関係や読み合いなどを構造的に捉えようとする理論が「ゲーム理論」です。

 「ゲーム」というと一見、「勝った・負けた」の勝負だけにこだわる、心の通わない駆け引きのようなイメージがあるかもしれませんが、「徹底的に合理的で利己的な理論をつくってみたら、結局『利他的』になることがあったりするのが、ゲーム理論のおもしろいところ」であり、「単なるエゴイストではなく、究極は『理知的でハートのある人間』がゲーム理論の目指す人間像」であるといわれます(逢沢明『ゲーム理論トレーニング』かんき出版、2003年)。ゲーム理論には、相手を尊重する「対話」の基本的な態度に通じるものがあるのです。ゲーム理論は旧来からノーベル賞の対象(映画「ビューティフル・マインド」に描かれたJ・ナッシュは有名です。)になってきたことから想像がつきますように、その奥深くに分け入ろうとすると複雑怪奇な数式などが沢山出てきて、私などには到底手に負えませんが、交渉に取り組む実務家の私どもの参考になると思われる二つの考え方を簡単にご紹介したいと思います。その二つとは、「しっぺ返し戦略」と「ミニマックス戦略」です。

■しっぺ返し戦略

まず「しっぺ返し戦略」ですが、これはゲームにおける「協調」と「裏切り」の組み合わせに関する理論です。「しっぺ返し戦略」は有名な「反復(繰り返し)囚人のジレンマ」ゲームを通じて考えられたものです(R.アクセルロッド(松田裕之訳)『つきあい方の科学―バクテリアから国際関係まで』ミネルバ書房、1998年)。この戦略の交渉における教訓は、以下の諸点にあります。

(a) 交渉において協調的に誠実に振舞うことが、まず出発点において重要である。

(b) もし先方が交渉過程で不誠実な対応をした場合には、すかさず「しっぺ返し」をし、当方は単にお人好しではなく不誠実な対応を許しはしないこと、及び、そのような姿勢を相手に分るように伝えることが重要である。

(c) しかし先方が「しっぺ返し」を受けて速やかに誠実な対応に復帰するならば、当方も先方の不誠実をいつまでも根に持たず水に流して、再び協調的に誠実に対応すること、及び、そのような姿勢を先方に分るように伝えることが重要である。

(d) これらのプロセスを通じて、当方も誠実に対応し、また、相手方も不誠実になる誘惑を克服して誠実に対応することが確保され、長期的な協調関係の形成ができるというものである。

交渉は相互に相手を裏切らず協調的に話し合いをすることでその機能が十全に発揮されますが、「しっぺ返し戦略」はこのような協調的関係を構築し運営してゆく上での戦略を提供するものであり、交渉を進める上で参考になります。ライブドアや楽天の事案で相手先の株式の取得を進めたことは、買収側からすれば交渉上の圧力をかけるつもりだったのでしょうが、相手先からすれば一種の裏切りに映ったとしてもおかしくはないでしょう。その裏切りに対していろいろな反発がなされましたが、これは一種のしっぺ返し戦略の行使だったと評価することもできましょう。その後、再度、両社の間に話し合いが生まれ、一定の解決の方向に向かった訳です。

しっぺ返しは適切になされるとこのように協調関係の構築に資するものですが、度を越したしっぺ返しは果てしない裏切りあいを生む可能性があります。訴訟は果てしない裏切りあいという側面がありますが、訴訟になっても和解交渉は継続されることが多く、その中でもさらにしっぺ返し戦略が考慮されます。

■ミニマックス戦略

「ミニマックス戦略」は、対戦相手がいるゲームにおいて、相手も合理的に物事を考え最善を尽くそうとすることを前提にして、プレーヤーが最悪の事態に陥った条件下で、なおかつ利得を最大にする戦略です。たとえば訴訟になった後の和解交渉を考えてみましょう。今提示されている和解条件を蹴った場合、判決はどのようになるか。もう一押しして多少の譲歩が得られれば、それを呑んで解決とするのがよいか。その見極めが問題となります。一定の自信のある見通しから、深追いをしたところ、蓋を開けたら(つまり和解をせずに判決をもらったら)、当時の和解条件よりも不利になってしまった、ということはよくあることです。そこで可能と思われるもう一歩の譲歩を引き出して、それが現実の条件下での最大の利益であると判断し、それでよしとしていれば、その利益を手にできたかもしれません。引っ張りすぎて綱が切れてしまい、ゼロになってしまったのですが、両方の引っ張り合いが均衡するところで和解をしておけばよかったと悔やむ訳です。この均衡点を探るのがミニマックス戦略なのです。交渉においては常に、このようなミニマックス戦略的な分析と判断が必要となります。楽天の事案で協議の継続が合意され、現在協議がなされているでしょうが、その協議はまさに両社の引っ張り合いの均衡点を探し求める作業という意味をもっています。

 

(おわり)

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