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企業法務便り――現場からのリポート3

                                                                              大澤恒夫

交渉ということ(その3)

裁判をしながらの提携交渉

 住友信託・UFJの事件では、独占交渉義務を定めた基本合意をUFJ側が白紙撤回し、第三者(東京三菱)との経営統合交渉を行うという、交渉の在り方が裁判のテーマとなり、その裁判と交渉の進行中に三井住友銀行グループもUFJに対して統合申し入れを行って、株主層や社会に申入れの正当性のアピールをするなど、裁判と併行して三つ巴の攻防が繰り広げられました。最終的には、三井住友側は統合を断念し、住友信託がUFJを相手に損害賠償請求の提訴をするという結果になりました(現在裁判が進行しています。)。

ライブドア・ニッポン放送の事件では、2005年の1月から4月までの短期間に大規模な敵対的買収と事業提携をめぐって激しい攻防がなされ、裁判と交渉を経て最終的には和解の基本合意がなされました。今回はまず、この事件の概略を振り返ってみたいと思います。

ライブドア・ニッポン放送事件

ニッポン放送は東京証券取引所第2部上場の会社でフジが約12%の株を保有していましたが、20051月にフジがニッポン放送の経営権を取得するために公開買付け(TOB)を実施することにしました。ところが、2月になって突然、ライブドア(ニッポン放送の5%強の株主でした)が東証の立会外取引の場であるToSTNet取引を使い、時間外でニッポン放送の約35%の株式を取得し、これを公表しました(この株式取得の点について、公開買付制度を僭脱するものだという非難が起り裁判でも争われましたが、裁判所は「本件は市場内の取引であり、当不当は別として、違法とはいえない」としました。現在制度の改正について、検討が行われています。

ライブドアはその日に記者会見を行い、この株式取得の意図について、放送局保有のWebサイトのポータル化とシナジー効果の獲得を目的とするものであり、また、フジサンケイグループとの業務提携も見据えていると発表しました。ここから、両サイドの株式取得の攻防と厳しい交渉が展開されることになりました。ライブドア側はニッポン放送株の取得を押し進め、最終的には同社の発行済み株式の過半数を取得しました。ライブドアはこの株式取得に1000億円以上のお金を使ったといわれていますが、その内800億円は外資系のファンドに転換社債型新株予約権付社債(CB)を発行して、そのファンドから調達したといわれています。

ニッポン放送・フジテレビ側の徹底抗戦

これに対してニッポン放送・フジ側は徹底抗戦の構えで買収も提携も拒絶し、ニッポン放送はライブドアの保有株を稀釈化するため、新株予約権の第三者発行を行う取締役会決議をしました(裁判所の認定では、この新株予約権が行使されるとライブドア側の保有比率は42%から17%に減少するということです)。さらにフジサンケイグループは、もしニッポン放送がライブドアの子会社になったら従来からの取引はすべて終了すると発表し、ニッポン放送の従業員もライブドアを拒絶する見解を公表し、番組に出演してきた芸能人・タレントの中にも出演拒否の意向を表明する人が出てきました。本件の一連の経過の中で、会社は金にモノを言わせる株主だけのものではなく、取引先、従業員など企業を支える多数のステイク・ホールダーズのものでもあるのだという訴えかけがなされ、「企業は誰ものか」という古くからの問題について、社会的にも議論が高まりました(もっとも裁判所は、フジサンケイグループが取引をやめると表明した点については独禁法が禁止する不公正な取引方法のうち不当な取引拒絶に該当する可能性があると指摘し、従業員の表明についてもそれは経営者交代の際の労使問題であり株取引の次元で問題とすべき事柄ではないとし、芸能人やタレントについては代替要員の手当てはなしうるとするなど、これらの点を事件の判断を左右する事項とはしませんでした。)。

新株予約権発行決議をめぐる仮処分

ライブドアは、ニッポン放送の新株予約権発行は「著しく不公正な方法」によるもの(商法280条ノ39第4項,280条ノ10)だとして、東京地裁に発行の差止を求める仮処分の申し立てを行いました。裁判所はライブドアの申し立てを認めて、発行差止の仮処分命令を出しました。ニッポン放送側が不服申立てをしましたが、東京高裁(平成17323日決定)でもこの判断は変りませんでした。

裁判所は、「会社の経営支配権に現に争いが生じている場面において,株式の敵対的買収によって経営支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,現経営者又はこれを支持し事実上の影響力を及ぼしている特定の株主の経営支配権を維持・確保することを主要な目的として新株予約権の発行がされた場合には,原則として・・・『著シク不公正ナル方法』による新株予約権の発行に該当するものと解するのが相当」であり、本件はこの場合に該当するとしました。

会社を食い物にする買収への対抗

裁判所の判断の中で「原則として・・・」と述べていますが、それでは「例外」はあるのでしょうか。この点について裁判所は、敵対的買収者が以下に該当するような「会社を食い物にしようとしている」場合は、「対抗手段として必要性や相当性が認められる限り,経営支配権の維持・確保を主要な目的とする新株予約権の発行を行うことが正当なものとして許される」としています(裁判では、本件はこのような例外に該当するとは認められないとされました。)。

@  グリーンメイラー(株価をつり上げて高値で株式を引き取らせる)

A  焦土化経営目的(会社を一時的に支配し、その知的財産権や顧客等を移譲させる

B  資産流用目的(会社を支配し、資産を自分の債務の担保や弁済原資として流用)

C  一時的高配当、株式高価売抜け目的(会社を一時的に支配し、不動産、有価証券など高額資産等を売却等処分させ,その処分利益をもって一時的な高配当をさせ、あるいは株価の急上昇の機会を狙って株式の高価売り抜けをする)

この事件の後、上場会社が敵対的な買収に備えるために、授権資本枠の増加、取締役の員数削減を行ったり、定款に種々のポイズンピル(毒薬)条項を入れるなどの事前対策を講じるようになったことが報じられています。経済産業省・法務省も「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(20055月)を公表しました(http://www.meti.go.jp/press/20050527005/20050527005.html)。

経営支配と「企業価値」

またこの事件では、ニッポン放送がライブドアの経営支配下で経営された場合の企業価値とフジサンケイグループの企業として経営された場合の企業価値との比較が争点として主張されましたが、裁判所は、この点は「事業経営の当否の問題であり,経営支配の変化した直後の短期的事情による判断評価のみでこと足りず,経済事情,社会的・文化的な国民意識の変化,事業内容にかかわる技術革新の状況の発展などを見据えた中長期的展望の下に判断しなければならない場合が多く,結局,株主や株式取引市場の事業経営上の判断や評価にゆだねざるを得ない事柄」であって、「裁判所が判断するのに適しない」としました。要するに、ライブドアが経営主体になった後にどうなるかは、裁判所が現時点で口出しすべきことではないとした訳です。株主や経営者にとっては一番重要な点ですが、このような場面で裁判所が云々するのには適しないとされるのも、やむを得ないでしょう。

一転して基本合意

このようにライブドア側とフジ側は熾烈な闘いを繰り広げていましたが、東京地裁での仮処分決定が出たころから、ニッポン放送側は「メリットがあるなら事業提携を考えてもいい」と発言し、「事態収拾へ向けて提携の可能性を模索する姿勢を示した」と報道されました。ライブドア側も「ぜひ前向きに提携交渉を進めたい」と語ったといわれ、「早期の話し合い開始に意欲を示した」と報じられました。

このような経過の中でライブドアとフジとの交渉が進められ、2005418日には両者間で基本合意が成立したという連名での発表がなされました(「基本合意のお知らせ」http://www.c-direct.ne.jp/japanese/uj/pdf/10104676/00032434.pdf)。

「基本合意」は、@ライブドア側が保有するニッポン放送株をフジが取得し(ただしライブドア側は同社子会社を通じて株式を保有していたため、同子会社の株式をフジが買取るなどの方式による)、フジがニッポン放送を子会社化する、Aフジはライブドアの第三者割当増資に応じ、1275%出資する、B業務提携については、推進委員会を設置して具体策を検討する、というものです。このスキームでフジがライブドアに支払う金額は、合計1474億円にのぼるといわれています。この発表の中で、フジは「当初の基本方針」であるニッポン放送の子会社化を実現することができ、他方、ライブドアは「本来目指していた」フジとの提携が可能になり、これが「両社の最善の経営判断」であり「両社の株主利益にかなう」と述べました。これはWin-Win Resolutionであることの表明といえるでしょう。

今回は事案の経過だけで紙数が尽きました。次回のレポートでは交渉という観点から、「ゲーム理論」なども交えて、若干の検討をしたいと思います。

(その3 おわり)

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