HOME     予防法務   
話合いによる問題解決  衝撃の同席調停  大阪研究会  同席合意形成と法律業務  ニューヨークのMediation
 
LANCIA  FORREST  おまけ

企業法務便り――現場からのリポート2   

大澤恒夫

交渉ということ(その2)

企業間の問題の司法化

 前回は住友信託・UFJの企業統合交渉をめぐる事件を取り上げました。今回はその事件のその後の展開を追いつつ、「交渉」というものを考えたいと思っていますが、みなさんご存知のように、世の中の関心はいまや住友信託・UFJ事件を通り越して、ライブドアVSニッポン放送の問題に話題が集中し、巨大企業間の問題が司法の場に正面切って持ち出され、その帰趨をめぐって全国民を巻き込んだ一大議論に発展するという現象が起こっています。

 一昔前ならば、住友信託・UFJの企業統合の事案などは政治家や財務省などの「指導」のもとで「水面下の折衝」によって「決着」が図られるのが順当と考えられ、また実際そのようにしてFIXされてきただろうと思われます。しかし、今はもうそのような時代ではなくなり、問題の企業同士がそれぞれの正当性を司法の場で主張しあい、裁判所の判断を仰ぐことによって解決を求めるのが当たり前と考えられるようになってきたとうことが、つくづく感じられます。ライブドアVSニッポン放送の問題にしても、同じです(これは次回に取り上げたいと思います。)。

法化と交渉

 私は前回申し上げましたように、できれば裁判はしないで当事者間の話し合い=交渉で問題を自主的に解決するのが望ましいという考えを持っております(このことについては、大澤『法的対話論―「法と対話の専門家」を目指して』[信山社,2004]を参照いただければ幸いです。)。しかし、当事者間の話し合いには、つねに不透明な要素がつきまとう可能性もあります。ちょっと大上段に振りかぶった言い方ですが、この「不透明な要素」をできるだけ払拭して、「法の支配による透明な社会」を構築してゆこうというのがここ十年くらいの日本の課題であった訳で、司法制度改革はその締めくくりとしての意味を持っています。私も裁判制度を核にした司法制度を利用者の立場に立って利用しやすいものとし、「正義へのアクセス」を名実共に充実したものとすることが非常に重要だと思います(私も未熟ながら、「司法制度改革と先端テクノロジィ」研究会のメンバーとして、「正義へのユビキタス・アクセス」の理念の実現の観点から研究や提言の一端に参加しております。この研究会のHPhttp://www.legaltech.jp/)を参照していただければ幸いです。)。

自律的な社会の構築と交渉

 そのような前提に立ったうえでのことですが、問題に直面した企業や個人などの当事者が(最終的には透明な、しかし定式的固定的な解決に導く)法的なパワーの後ろ盾も得ながら、自分の本来の力(自律性)を遺憾なく発揮しあって、当事者間同士で対話を行い、自主的で豊穣な解決を図ることに根源的な価値があると、私は考えるのです。「自主的な解決」は「法律」という固定的で定式的な決め事よりも、しなやかで当事者の本当のニーズにマッチした珠玉のような解決を紡ぎ出すことができるのです。そして、当事者間の自主的な取り決めに第一次的に重要な価値を認め、それを自律的な社会構築の原則としようというのが、憲法13条の個人の尊重の理念に基礎を置く「私的自治の原則」なのです。交渉ということは、遡って考えてゆくと憲法の問題に行き着く重要性を有するのです。このように現代の交渉は、決して不透明な要素に支配される前近代的な握りつぶしではなく、相互に正当性を主張し合い、尊重し合って双方のニーズにできるだけ適合する自律的な解決を目指すプロセスとして洗練されるべきですし、そのようになってきています。

住友信託・UFJ交渉(仮処分)事件最高裁決定と住友信託の本訴提起など

さて、住友信託・UFJ交渉事件ですが、前回申し上げましたように最高裁は、UFJ側の独占交渉義務は、いまだ消滅していないとし、今後住友信託側とUFJ側とが交渉を重ねて最終的な合意に至る可能性が存しないとまではいえないが、住友信託に生じうる損害が事後の賠償によって償えないほどのものではないこと、UFJとの間に最終的合意が成立する可能性が低いこと、他方、UFJが差止めを受けた場合に被る損害は現在の状況にかんがみて相当大きなものと考えられること等を「総合的に考慮すると」住友信託側に保全の必要があるとはいえないと判断して、住友信託側の申立を棄却しました。

他方、三井住友グループは上記の最高裁決定が下される少し前から、UFJ側に対して経営統合の申し入れを行い、統合比率1対1の提案などをし、対外的にもUFJグループが三井住友グループと経営統合することが株主の利益になるとアピールしていました。

住友信託は、仮処分事件としては負けた形になりましたが、上記のようにUFJ側の独占交渉義務は最高裁も認めていますので、200410月にはUFJグループ三社を相手取って、UFJ信託の売却をめぐる第三者との交渉差し止めと、住友信託との交渉再開を求める訴訟(本訴)を東京地裁に起こしました。

三菱東京・UFJの経営統合と三井住友側の統合断念

他方、三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスは2005101日を目途に経営統合して「三菱UFJフィナンシャル・グループ」を発足させることを、正式に発表しました(2005218日報道)。統合比率は「1062」(統合により消滅するUFJの株式1株に対し、存続会社である三菱東京の062株を割り当てる)で、2008年度の税引き後利益を1兆円超とする目標を掲げ、株式時価総額で世界5位以内に入る金融機関を目指すということです。そして、統合による経費削減効果は、2400億円に上るということです。

これに対して従来住友信託と共同歩調を取ってきた三井住友フィナンシャル・グループは、UFJホールディングスに申し入れていた経営統合の提案取り下げました(2005225日報道)。三井住友がUFJとの統合に固執することは双方の株主にとって利益にならないから、ということです。

住友信託本訴での1000億円損害賠償請求の追加

そんな中、住友信託は200537日、上記のUFJグループに対する差止請求の本訴に、1000億円の損害賠償請求を追加しました。1000億円の損害賠償請求というのはこの種の事案で過去最大のもののようですが、これは前記の基本合意が履行された場合に得られるはずの経済的利益は1000億円をくだらないのに、UFJの合意不履行でこの利益が失われたという趣旨の主張のようです。1000億円という金額は、UFJ・東京三菱が統合によって得られる経費削減目標2400億円の半分弱という線ですが、前回みましたように、基本合意に書かれている独占交渉義務は経営統合の合意を成立させる義務までは定めていないことや、東京高裁が仮処分を取り消すに当たってUFJ側に提供を命じた担保(住友信託側に生じるかもしれない損害の担保)は75億円だったこともあり、裁判所がどのように判断するか注目されるところです。

裁判をしながらの交渉

このようにこの事案では最終的には住友信託側からUFJ側に対する損害賠償請求という、いわば過去の清算を求める処理で決着が図られることになりそうですが、そこに至るまでは一方で仮処分や本訴を提起しつつ、他方で統合交渉を求め積極的な提案をして外的なアピールもするという方法が取られてきました。右手では裁判という闘いをしつつ、左手では友好関係の樹立を模索して、ぎりぎりまで究極の目標を追い求めるという複眼的な方法です。

裁判をしながら提携交渉が行われたという点では、ライブドアVSニッポン放送・フジTVの事案も同様です。次回にはこの事案の経過を交渉プロセスという観点から少し検討してみたいと思います。

(第2回おわり)

予防法務へ

Homeへ

©2005, Tsuneo Ohsawa. All rights reserved.