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企業法務便り――現場からのリポート1

  大澤恒夫

交渉ということ(その1)

交渉=思い通りにならない他者との関係形成

 「交渉」というのは、相手との間にある種々の課題を話し合いを通じて解決する活動(トラブルの解決や新しい取引の開始など)です。世の中とても便利になって、自分の思うとおりのことが実現できる範囲が広がってきています。たとえば、どこかに行きたければ駅で切符を買って電車に乗れば、何も言わなくても目的地に行くことができますし、自動販売機にコインをチャリンと入れてボタンを押せば好きな缶ジュースが手に入ります。そこで、他者との間で何らかの問題が生じた場合にも、同じように自分の思い通りに解決をしたいし、思い通りにならないことが許せないことのように感じてしまうことすらあります。また、「法律」というものを「自分の思い通りに相手を動かす、自分に有利な道具」として使いたいという衝動にも駆られます。でも、よく考えてみますと、私たちは皆、生身の人間で、誰でも(私も、貴方も、あの人も)みな自分はこうありたいという思いを抱いて生きていますから、人間(あるいはその組織)同士がぶつかり合う問題の解決については、自分だけの思い通りには事が進みません。その場合、「思い通りにならない他者」との関係の形成、つまり交渉ということがテーマになります。自分が「これが正しい」「そうするのが良い」と信じている事柄について、相手も同じように思っているとは限りません。思い通りにならない他者はこちらとは違う世界を生き、言葉は同じでも別の正当性を思い描いているかもしれず、そこではコインを入れればガチャンと缶ジュースが出てくるような思い通りの解決は望めません。これはビジネスの構築や運営の場でも紛争解決の場でも同じです。では、交渉はどのような理念の下で、どのように遂行すべきなのでしょうか。

インターカレッジエイト・ネゴシエーション・コンペティション

 2004年11月20日、21日の二日間にわたって上智大学で「第3回インターカレッジ・ネゴシエーション・コンペティション」(住友グループ、日本仲裁人協会後援)が行われました。全国の国公立・私立大学の学生が参加し、日本語又は英語で模擬交渉を実践します。この競技会は、交渉の理念や技術を学ぶ実践的な機会を提供し、将来日本や国際社会の構築、運営に貢献する人材の育成をめざしています(詳しくは大学対抗交渉コンペティションのホームページをご覧ください。)。この競技会では、現実のビジネスや紛争の場で困難な交渉の経験を重ねてきた内外の実務家(企業法務担当者、裁判官、弁護士など)や交渉の研究・教育に携わってきた内外の研究者が審査員を務めます。2004年は北海道から九州まで12校、32チーム(学生約160名)が参加し、審査員も約40人ほどが集合しました(私も未熟ながら審査員の末席を汚しました)。今年は、自動車メーカーと部品メーカーとの国際取引をめぐる紛争やジョイントベンチャーの設立を目指す契約をめぐる模擬交渉が行われました。審査の結果、3年連続で東京大学の優勝で幕を閉じました。

 「私は弁護士ではありますが実は裁判が苦手でして、裁判になるような問題が生じないように予防するような活動(いわゆる予防法務)や裁判にせずに交渉による解決を図る活動を中心にしています。」閉会式での講評で私はこのようにコメントしました。

 「大澤さんは裁判をやりたくないということでしたが、弁護士も交渉に失敗することがありまして、そのような事案が裁判所に持ち込まれます。」東京地裁で困難な裁判事件に取り組んでいる判事さんがコメントされました。会場は爆笑に包まれました。「その、裁判所に持ち込まれる事案の3分の1位は和解で解決します。つまり、裁判所でも交渉が行われるのです。長時間の厳しい交渉が続くこともありますが、解決されたときの充実感は格別です。」 この判事さんも、このコンペで審査員をされました。

交渉の時代へ〜外に向かって正当性を問いかける交渉

 2004年は新しい交渉の時代の幕開けを感じさせる年でした(コンプライアンス問題でも重大な課題の生じた年でしたが。)。その最たる事件が住友信託・UFJ交渉仮処分事件とその後の展開でした。この事件を簡単に振り返ってみましょう。UFJ信託の営業を住友信託に移転することを含む事業再編、業務提携に関し基本合意書が締結され(2004年5月21日付)、その12条に以下のように定めていました。

 12条(誠実協議):各当事者は、本基本合意書に定めのない事項若しくは本基本合意書の条項について疑義が生じた場合、誠実にこれを協議するものとする。また、各当事者は、直接又は間接を問わず、第三者に対し又は第三者との間で本基本合意書の目的と抵触しうる取引等にかかる情報提供・協議を行わないものとする。(傍線引用者)

住友信託・UFJ交渉事件

 この基本合意書は、2006年3月末までを有効期間としていますが、共同事業化の最終合意をする義務までは定めておらず、また12条違反について制裁や違約罰の定めもありませんでした。傍線部分がいわゆる「独占交渉権」あるいは「独占交渉義務」規定といわれるものです。UFJ側は7月末をめどに住友信託側と交渉をしていましたが、その後UFJグループの窮状を乗り切るためには三菱東京グループとの統合を行う以外に方途がないと経営判断し、7月14日に住友信託側に本基本合意の白紙撤回を通知し、三菱東京グループへの統合申入れを行って、これを公表しました。これに対して住友信託側が7月16日に東京地裁に対して、UFJ側が第三者と交渉を行うことを差し止める仮処分命令を申し立てたのが本件です。東京地裁は基本合意書の法的拘束力と住友信託に著しい損害又は急迫の危険が生じることは明らかであるとして、住友信託の申立を認めました(住友信託側で50億円の担保を立てることが条件)。UFJ側の抗告について東京高裁は、客観的にはその時点(8月10日)では相互の信頼関係が既に破壊され、交渉を誠実に継続することを期待することは既に不可能となったとし、基本合意12条は将来に向かって失効し、差止め請求権は認められないとし、東京地裁の仮処分命令を取り消しました(UFJ側で75億円の担保を立てることが条件)。これを受けてUFJは、8月12日に三菱東京グループとの経営統合に関する基本合意を締結し、2005年10月1日までに経営統合することなどを合意しました。

最高裁の判断

そして最高裁は2004年8月30日、住友信託側の不服申し立てを棄却しました。ただ、「本件の経緯全般に照らせば、いまだ流動的な要素が全くなくなってしまったとはいえず、社会通念上、上記の可能性[引用者注:今後住友信託側とUFJ側とが交渉を重ねて最終的な合意に至る可能性]が存しないとまではいえない」とし、「本件条項に基づく債務[引用者注:独占交渉義務]は、いまだ消滅していない」としました。もっとも、住友信託側に「著しい損害や急迫の危険」が生じるか(保全の必要性があるか)については、住友信託に生じうる損害が事後の賠償によって償えないほどのものではないこと、UFJとの間に最終的合意が成立する可能性が低いこと、他方、UFJが差止めを受けた場合に被る損害は現在の状況にかんがみて相当大きなものと考えられること等を「総合的に考慮すると」、住友信託側に保全の必要があるとはいえない、と判断しました。

 次回のレポートでは、この仮処分事件の後の展開を振り返りつつ、ビジネス交渉のあり方について皆さんと一緒に考えて見たいと思います。         (第1回おわり)

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