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テクノ企業法務日誌44             弁護士大澤恒夫

会社の仕事で生れた発明などはどのように扱われるか

ノーベル賞と会社の仕事

 ノーベル賞を受賞されたお二人の日本人科学者は、暗く落ち込んでいる日本にとても明るく強いエネルギーを与えてくださいました。特に小柴東大名誉教授が素粒子ニュートリノの観測により宇宙の進化解明に寄与した業績が評価されたものですが、これについては静岡県を代表する光技術企業、浜松ホトニクスが大きな貢献をしてきたということで、県民の私たちにとっても、とてもうれしいニュースでした。もうお一人の、島津製作所の田中さんは、タンパク質の質量を測る「ソフトレーザー脱着法」という技術の基本原理を開発したということです。田中さんはインタビューで、企業技術者の発明に対する報酬について質問されたとき、取り組むテーマ自体の面白さや技術を通じた社会的な貢献を主に考えていて、今回の受賞対象になった発明についても会社に特別の報酬を求めるつもりはないとおっしゃっていたのが印象的でした。

職務発明をめぐって多発する訴訟事件

一方ここのところ新聞などを見ていますと、会社の従業員が職務上行った発明について、元の従業員が会社を相手取って色々な訴えを起こす事件が頻発していることが報道されています。いちばん有名なのが、現在はアメリカの大学教授になっておられるNさんが青色発光ダイオード特許をめぐって、以前勤務していた会社に20億円を請求している事件だと思いますが、その後も人口甘味料の製法特許に関して20億円が請求されている事件、食品添加成分の製法特許に関して約16億円が請求されている事件など、非常に高額に上る事件がたくさん起きてきているようです。

 当社も中小とはいえ技術開発型の企業で、優秀な技術者が日夜新しい技術の開発に取り組んでおりますので、このような事件が起こっているのは対岸の火事ではなく、会社として問題が生じないように取り組みをしなくてはならないと思っています。

社内体制などの見直し

 そこで社長命令で、職務発明について調査をして会社としての体制を見直し、正すべきは正すという仕事を仰せつかりました。当社の事業はコンピュータ関連装置やソフトウェアの開発などをメインとしておりますが、毎年何件かは特許出願をしておりますし、ユニークなソフトウェアも相当開発していますが、社内に特許などを専門とする部署はまだなくて、特許出願が必要になったときには、技術部の依頼を受けて、私が部長をしております総務部で弁理士さんとのパイプ役をしていたりします。今回の職務発明問題についてはどういう人にアドバイスを受けたらいいのか分からなかったのですが、普段お付き合いのある弁理士さんからL弁護士を紹介されましたので、とりあえずLさんの話を伺うことにしました。

当社の「発明取扱規程」

 「当社では一般的な会社規程集を参考にして、簡単ながら以下のような『発明取扱規程』を定めているんですが、どうでしょうか?」

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発明取扱規程

第1条(目的) 本規程は、当会社における発明及び考案(以下発明という。)を奨励し、併せて発明者の功績を適正に評価・尊重するため、役員及び従業員(以下従業者員等という。)の発明の取扱について規定する。

第2条(職務発明) 発明の内容が、当会社の業務の範囲に属し、かつ、発明するに至った行為が、その従業員等の現在または過去の職務に属するものを職務発明とする。

第3条(発明の届出義務)  発明を行った従業員等は、必ず発明の内容を記載した文書を所属長を通じ当会社に届け出なければならない。

第4条(権利の譲渡)  職務発明にかかる特許を受ける権利は、すべて当会社が譲渡を受ける。ただし、会社がその権利を譲り受ける意思がないときは、この限りでない。

第5条(表彰) 1 当会社が前条により譲受した権利に基づき特許出願をした場合及び当該出願にかかる特許が登録された場合には、当会社はその発明者に対して、以下の表彰を行う。

                出願表彰     登録表彰

特許権   1件について  3万円      10万円

実用新案権 1件について  1万円      5万円

2 当会社が前条により譲受した権利に基づき登録を得た特許権を行使して顕著な利益を得た場合には、当会社はその発明者に対して実績表彰を行うことがある。表彰金額は当会社が得た利益の額に応じて、取締役会において決定する。

第6条(秘密保持) 発明者及び関係者は、職務発明の内容等に関して、当会社が特許出願をするまでは、これを秘密に保持し第三者に漏洩・開示してはならない。

第7条(手続等) 発明者は会社が特許出願等を行うため必要な処理の作成その他手続等について、協力する。

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L弁護士の指摘

「そうですね。ご存知のように職務発明については特許法の35条が定めているのですが、種々問題となる点があって、社内規程を厳密に定めておけば問題を回避できるというものでもないのですが、当社の規程にはいくつか留意した方が良いと思われる点もありますね。」

L弁護士が指摘した、当社の規程に関連する主要な問題点は以下のとおりです。

       @ 派遣社員等が開発業務に従事することが想定される場合、職務発明と解釈される可能性はあるが、疑義を避けるためには派遣契約等で明確にしておくべきである。

      A 産業財産権のうち特許と実用新案だけが対象になっているが、製品の外観デザインを保護する意匠権も対象に入れるべきである。

B   発明等の根源は企業秘密であるし、特許出願しないで秘密のまま会社で活用する技術もありうるので、そのような考慮をした取扱を定めておくべきである。

C   職務発明以外の発明を自由発明というが、その取扱についても一応の定めをすることが考えられる。

D   特許を受ける権利についてこの規程は「会社は譲渡を受ける」と規定しているが、譲渡の合意や手続を要するという趣旨か、それとも自動的に権利承継されるのか、判然としないので、この点を明確にすべきである。

E   実績表彰が「会社の得た利益の額に応じて」決定すると定められているが、考慮すべきファクターとしては他にもあるはずであり、より具体的に定めておいた方が良い。ただ、現行法の解釈としては、社内規定でどのように定めていても、発明者から異議があれば、最終的には裁判所が適切な対価の額を決定するものと解釈されている。

F   上記の@とも関連するが、ソフトウェア著作権や半導体回路配置権は著作権法や半導体回路配置法の定めにより、会社への帰属等の保護が定められているものの、会社における知的財産全般の取扱を広く役員・従業員に明確にしておくためには、これらの権利の帰属も含めた規程にした方が良い。

企業秘密と職務発明

 「企業秘密と職務発明の関係がちょっとよく分からないのですが・・・」

 「発明はすべて特許出願するとは限りません。むしろ外部に表出されない技術で重要なものは、特許出願しないで社内のノウハウとして機密の状態で社内でのみ活用するというものもあります。」

 「それはそうでしょうね。」

 「その場合、職務発明規程が特許出願する発明だけを対象にすることにすると、不都合ですよね。それで、例えば次のような規定を置くことが考えられます。」

    第○○条 1 会社は、届出のあった発明のうち必要と認めたものについては、特許出願を行う。ただし、企業秘密として出願を留保することに決定したものは、この限りでない。かかる決定は発明の届出後、○○日以内に行う。

     2 企業秘密として出願を留保した発明も、本規程第○○条により会社がその権利を承継するものであり、その内容に応じ本規程第○○条を準用し、補償を行う。

     3 発明者は、会社が特許出願をするか、企業秘密として出願の留保の決定をするまでは、みずから出願し又は特許を受ける権利を第三者に譲渡しない。その後出願等を行う場合にも、発明者は会社の機密情報を第三者に開示・漏洩してはならない。

 「それから、社内における機密管理そのものに関する規程も、別途必要になります。」

自由発明

 「従業員が職務とは関係なく発明をした場合にどうなるかと言いますと、それを予め会社に移転せよと定めても、法律上無効となります。ただ、職務とは関係なくても会社の事業にとって有用な発明というのはありうるので、会社によっては次のような規定を定めている所もあります。」

    第○○条(職務発明以外の発明) 1 従業員は職務発明以外の発明のうち会社の事業に関係するものを発明したときは、第○○条に準じて会社に届け出るものとする。

      2 会社が前項の発明について特許を受ける権利の承継を希望する場合には、発明者は会社の希望を尊重し、両者は誠実に協議し、○○日以内に譲渡の有無及び条件を決定する。

権利の承継

 「当社の取扱規程では、職務発明がなされたとき、会社は発明者から個別に権利の譲渡を受けなくてはならないようにも読めます。もちろん個別に譲渡契約を結ぶというのでも法律上は良いのですが、会社の本意としては普通そうではなく、職務発明がなされますと自動的に会社が権利承継をし、あとは発明者に対する補償が問題となる、というスキームだと思います。」

 「それはそうですね。」

 「最近東京地裁で中間判決がなされたN教授の事件(東京地裁平成14年9月19日中間判決)でも、当時の社内の規定や運用がはっきりしていなくて、権利の自動的な承継がなされたのかどうか、あるいは譲渡契約がなされたのかどうかが重要論点となっていますが、そのような疑義を避けるためには、次のような規定の方がよいと思います。」

   第○○条(権利の承継) 会社は、従業員等により職務発明がなされた場合には、その発明に関する権利(特許を受ける権利を含む。)を承継し、この承継のためには特段の手続を要しないものとする。ただし、会社が権利を承継する必要がないものと決定し発明者に通知したものについては、この限りでない。

「相当の対価」の算定

 「当社の規程では、職務発明に対する『表彰』という形で補償を考えていますね。日本ではこれまで終身雇用・年功序列制の下で組織全体の維持に主眼がおかれてきましたので、このような取扱に違和感がなかったのですが、労働の流動化が激しくなって実力主義的になってきますと、最近の事件のように多額の対価の支払が求められる事になってくるでしょう。」

 「特許法ではどのように言っているのですか?」

 「35条4項で、『相当の対価』の額は『その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がなされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。』としています。」

 「社内規定でそのような点を考慮して定めれば良い訳ですね。」

 「いや、それがそうではなくて、裁判所は、会社が決めてもその内容が適正でなければ、最終的には裁判所が決める、その意味でこの特許法の規定は強行法規だととしています。」

 「そうなると、いくら請求されるか分からなくなってしまい、会社としては困りますよね。」

 「そうですね。特許が登録されても、それがどれだけの利益を会社にもたらすのかは必ずしもはっきりしませんし、その発明が生れたのは会社の資金や会社が従来から蓄積してきた技術、研究施設等の設備、スタッフの貢献があったればこそという側面もあります。それに、会社が上げる収益は、当該製品に用いられている他の技術、製品化や品質確保のための製造部の力、販売のための広告・宣伝・営業活動の力、競争事業者を含む市場の状況などなど、多数のファクターが絡み合っています。したがって、裁判所が最終的に決定するとしても、そのような種々のファクターを考慮してもらわなくてはなりませんので、簡単に決められてしまうものではありません。過去の裁判例で相当の対価の請求が認められた事案を見ますと、1億5000万円の請求で裁判所が認容したのが640万円、2億円の請求で250万円というようなものがありますが、いま話題になっているN教授の事件やそれに引き続いて提訴されている事件では20億円とかの非常に高額の請求になっていますので、果たして裁判所が最終的にどの程度の額を認容するのか、注目されるところです。社内規定としては、いま申し上げたような複雑なファクターの検討をして決定するという趣旨をはっきりしておいた方が良いでしょう。」

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 知的財産戦略大綱は、職務発明制度について「2002年度中に、企業における実態、従業者層の意識、各国の制度・実態等の調査を行う。その結果を踏まえて、発明者の研究開発へのインセンティブの確保、企業の特許管理コストやリスクの軽減、及び我が国の産業競争力の強化等の観点から、社会環境の変化を踏まえつつ、改正の是非及び改正する場合にはその方向性について検討を行い、2003年度中に結論を得る。」としています。

 当社においても法制度の動向を見ながら、できるだけ問題の生じないような社内体制を整備してゆきたいと思います。                                                                           (44話おわり)

 

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