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テクノ企業法務日誌43              弁護士大澤恒夫

金型データや情報の保護とセキュリティー

技術立国、日本

 NHKのプロジェクトXなどを見ていてつくづく感じますが、日本はやっぱり、技術立国の国ですね。重工業からナノテクノロジーまで、日本の産業を支えている技術者たちの素晴らしさは、世界に誇るべきものです。申し遅れましたが、私は微細な精密部品や産業用機械の部品等の分野で使用される特殊な金型を製造するメーカーの総務部長をしております。当社もその意味では技術立国・日本の一翼を担ってきたということができるものと、自負しています。おそらく、いろいろな産業が空洞化するなかにあっても、金型技術はどうしても日本に頼る以外にない、という部分も相当にあるのではないかと思います。

 当社は金型メーカーとしては既に数十年の歴史があり、相当な技術的ノウハウや蓄積があるのですが、この業界もなかなか古い体質が残っていて、困った問題を抱えることもちょくちょくあります。

金型図面が流出

 当社は、製品本体のメーカーさんなどから発注を頂いて、部品製造用の特殊な金型を設計し、試作の金型で各種のデータを取り、完成版の金型を製作してメーカーさんにお渡しするという仕事をしています。金型をお渡しする際、あるいはお渡しした後メンテナンスの時期などに、メーカーさんから求められて金型の設計図面や各種のデータをお渡しすることが多いのです。ところが先日、当社技術者が別の所用で、ある精密機械メーカーの海外提携製造工場を訪問したときに、当社が設計したはずの金型と同じものが使われていたという報告がありました。元の金型は国内生産に使用されていますので、海外の工場にあったという金型は当社以外の業者が製作したものに違いありません。でもその金型はレベル的にも難しいもので、当社の設計図が無ければなければとても製作できるようなものではありません。ということは、当社が渡した設計図が当社に無断で海外に流出していたことに・・・・・・

L弁護士に相談

 当社の社長はこの報告を聞いて、「これは本来なら当社が製造を受注できるはずの金型ビジネスが、海外の業者にタダ乗りで取られてしまっていることになる、これはゆゆしい問題なので、対策を考えるように!」、と私に指示しました。そこで、先日取引先とのトラブルのとき相談したL弁護士にアポをとって、話を聴いてみることにしました。

金型メーカーと発注者との契約は?

「・・・という次第でして、社長は損害賠償か何かをメーカーに請求できるのではないかと言っていますが、どんなもんでしょうか?」

「まず、当社と発注先との間にはどんな契約があるんですか?」

「え〜と、実は簡単な発注を頂いて、注文請書を発行するという取引でして・・・」

金型の設計図は誰のもの?

「契約書がないとなると、金型の図面やデータなどは誰のものということになるんですか? また、どのような趣旨で発注先に渡すのでしょうか?」

「それは当然、金型の設計図やデータは当社のものです。頼まれる仕事は完成版の金型を製作して納入するということですから!」

「そうすると、図面などを渡す必要はないんですか?」

「・・・いえ、金型も使っている過程で種々メンテが必要になりますので、そのメンテ作業をお客さんが行うのに図面が必要になることがあります。ですから、メンテの目的で図面などは渡しているんです。」

「なるほど。でも、そのようなことを明記した契約書は無いんですね。意地悪な言い方をしますと、お客さんの方はお金を払った以上は金型自身も図面等もすべて自分たちのものになった、あるいはそこまで行かなくても、図面を自由に使えると考えている可能性もありますよね。」

「いや〜、そういわれちゃいますと・・・」

設計図の著作権と金型

「金型の図面にも著作権があると考えられますが、一般論として言えば、私の感じでは図面を渡しただけでは著作権の譲渡をしたとまでは言えないのではないかと思います。」

「少し安心しました。そうなると、設計図を無断で使って金型を製作すれば権利侵害になりますよね。」

「いえ、これがなかなかそうは言えないんです。例えば機械の設計図に著作権があっても、それを使ってその機械自体を作る行為は著作権侵害にはならないと考えられています。」

「そうなんですか・・・」

金型をめぐるノウハウと「営業秘密」

「金型を作るノウハウは当社が長年培ってきたものでして、設計図などにはそのノウハウがぎっしり詰まっているんです。」

「そうすると、図面にはマル秘のハンコなどを押して秘密情報になっていることを表示したり、勝手にコピーをしてはいけないとか、取扱者や保管場所を限定するなどのことをしていますか?」

「いや〜、そこまではなかなか・・・」

「不正競争防止法という法律があって、『秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの』を『営業秘密』として、一定の保護を受けられることになっています。金型図面などもこの要件を満たせば保護が受けられますが、今うかがった現状ではちょっと・・・」

秘密保持条項

「発注者に図面を渡す場合にも、当社の秘密情報なので第三者には開示したり、他の目的には使用しないでいただきたいと申し入れて、その旨の条項の入った約定をしておくべきです。」

「そうですね。でも、なかなかそこまでは・・・」

「しかし、当社にとって重要なノウハウが入っていて、勝手に他のところで使われたら困るというものでしたら、そのような条件は明示しておかなくては自社の防衛はできません。」

「勇気を出して、申し入れてみるように営業部に言っておきます。」

「発注者という強い立場から不当な要求を押し付けてくる場合には、独占禁止法の問題もありえます。」

金型と産業財産権(注1)

「金型の技術について特許出願や意匠出願などはしておられませんか? 優れた技術の発明やデザインが開発された場合には、特許・実用新案・意匠の登録出願を検討すべきですね。」

「当社でもその点は何件か特許を持っております!」

「ただ、注意が必要なのは、産業財産権は技術を社会一般に公開することにもなりますので、ノウハウとして他社に知られない形で持っていたいという場合には、必ずしも適切なものではないということです。」

「なるほど」

「それから、産業財産権は出願・登録された国においてのみ権利主張ができるものですので、日本で登録しておけば外国でも権利行使できるというものではありません。」

「ということは、当社の特許は確か日本だけだったはずなので、今回の件では特許侵害は主張できないということになるんですね。これじゃあ、本当に日本から良い技術がタダで外国に流出することになってしまいます。」

「損害賠償請求ができるかという問題も、もう少し取引の実態をお聴きするなどして調査をした上で、対応を考えてみましょう。」

 この金型の問題については、20027月に経済産業省から「金型図面や金型加功データの意図せざる流出の防止に関する指針」が発表されたということで、そのガイドラインを参考に検討するよう、L弁護士から助言されました。

 (注1) 従来、特許・実用新案・意匠・商標権を「工業所有権」呼んでいましたが、2002年7月の知的財産戦略大綱(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki/kettei/020703taikou.html #3-4-2-1)において、今後は「産業財産権」とネーミングすることになりました。また「知的所有権」という用語も「知的財産権」という言葉で統一されることになりました。

ハードディスクに残されたデータの流出

「情報流出という点でついでに言いますと、最近問題とされているのが、パソコンの入れ替えなどで廃棄処分やリース引き揚げがされる際に、ハードディスクに会社の重要な秘密のデータが残っていて、それが第三者の手に渡って社外に流出してしまうケースです。」

「うちの会社では必ずハードディスクをフォーマットしなおして、データを全部削除してから廃棄していますので、大丈夫です。昨日も56台入れ替えのためにリース会社に引き揚げてもらいました。」

初期化等では実データは消去されない

「それがですね、初期化しただけではデータはハードディスクに残ったままなんだそうです。そこが怖いところです。」

「ええ〜?」

「ハードディスクには、@ファイル管理領域と、A実データ領域とがあるそうで、フォーマットとか削除とかリカバリーCDで工場出荷状態に戻すなどの行為をしても、@のファイル管理領域の情報が消去されたり変更されただけで、OSが実データの格納位置を判別できなくなった結果として実データが読めないだけなのだそうです。そのため、復元する特別のソフトを使うと、削除されたはずのデータが読める場合があり、そのようなソフトが市販されています。」

実データの流出を防止するには

「じゃあ、どうやれば完全に削除されるんですか?」

「この問題については、20028月に社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が『パソコンの廃棄・譲渡時におけるハードディスク上のデータ消去に関するガイドライン』(http://it.jeita.or.jp/perinfo/committee/pc/HDDdata/)を公表しています。消去するための専用ソフトウェアを使って消去する方法(これはハードディスクの全領域に渡って00とかFFとかの固定的なパターンを書き込むものだそうです)、金槌とか強い磁気を使って物理的・磁気的に破壊するなどの方法が紹介されています(専用ソフトウェアの具体例としては、http://www.chuo-computer.co.jp/seihin/eater.htmなどを参照してください。)。」

「きのうリース会社に引き揚げてもらったパソコンは直ぐに押さえてもらって、ハードディスクを完全に消去します。いや〜、危ないところでした。」

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 金型の設計図などの問題については、当社の対応が非常にまずいことがよく分かりましたので、今後、契約書などや社内の情報管理体制などを含めて、L弁護士に事前の指導をしてもらうようにしたいと思います。

 

 

(おわり)

 

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